いちばんやさしいウェブアクセシビリティの教本
『いちばんやさしいウェブアクセシビリティの教本』をご恵贈いただき、拝読しました。
タイトルからするとウェブアクセシビリティの入門書という位置づけのようですが、初学者向けの基礎知識にとどまらず、盛り沢山な内容となっています。「ウェブアクセシビリティの基礎知識 (1章)」「企業が取り組むべき理由と効果 (3章)」「ウェブアクセシビリティ対応の実践プロセス (5章)」「企業文化に根づかせるためのアプローチ (6章)」といった章立てから、どちらかというと制作側というよりはサイト運用側 (事業会社のウェブ担当者) を主たる読者として想定しているように見えますが、その一方で「ウェブアクセシビリティガイドラインの理解 (2章)」「アクセシブルなウェブコンテンツを作る実装方法 (4章)」という章もあり、非制作者にとってはやや難解な技術よりの内容であっても、知識として押さえておいて欲しいことはしっかりと伝授したい、という著者の熱意を感じます。
個人的に興味深かったのは、(少しマニアックになりますが) WCAG 2 の「5. 適合」の解説が網羅的になされているところです。5.2 適合要件 (5.2.1 適合レベル、5.2.2 ウェブページ全体、5.2.3 プロセス全体、5.2.4 技術のアクセシビリティサポーテッドな使用方法だけ、5.2.5 非干渉) についてはひととおり Lesson 12 で触れられていて、アクセシビリティサポーテッドについては Lesson 13 でも詳述されています。また、5.3 適合表明 (任意)、5.4 部分適合に関する記述 - 第三者によるコンテンツ、5.5 部分適合に関する記述 - 言語 についてもひととおり Lesson 14 で触れられています。WCAG の解説というと、四つの原則 (知覚可能、操作可能、理解可能、堅牢) ならびにそれらに包含されるガイドラインおよび達成基準に焦点が当たりがちで、「5. 適合」の理解に焦点を当てた書籍 (あるいはウェブ上の記事) というのはあまりないのではないかと思います。その意味でとても参考になるなと思いました。
以下、本書を通して読んでみての感想をいくつか挙げさせていただきます。
- WCAG / JIS X8341-3 の解説に章を一つ割いて、ウェブアクセシビリティの基本的かつ網羅的なヒューリスティクスとして不可欠な WCAG の全体像を学べるようになっているのは、本書の特長と言えるでしょう。その一方で、障害のある利用者がウェブ利用において実際に直面する様々な困りごとについても同様に学べると、アクセシビリティの初学者にとって「なぜウェブアクセシビリティに取り組むのか?」の理解が深まるように思いました (Lesson 02 の末尾のコラムで簡単に例示されているだけなので...)。
- Lesson 04 でアクセシビリティとユーザビリティの違いについて解説されていますが、個人的にはニールセンの5原則よりも ISO 9241-11 の定義を引いて、ユーザビリティを「あるユーザーが特定の状況で製品を使用した際に、不快な思いをすることなくスムーズに、自身のゴールを達成できる度合い」とし、アクセシビリティとは (ISO 9241-20 の定義を基に解釈して) その「特定の状況」の裾野を広げるものである (つまり、障害の有無や程度の違いがユーザーのゴール達成の阻害要因にならないようにすることである)、という説明をするかなと思います。
- Lesson 33 などで、(機械による自動検証ではなく) 人間による手動検証を示す表現として「目視」という言葉が使われているのが、気になりました。視覚に障害のある中で活躍されているアクセシビリティテスターもいますし、スクリーンリーダーやキーボード操作などを用いた視覚に依存しない手動検証も実際にはあるので、特定のモダリティに限定した表現にする必要はないように思います。
- Lesson 15 の末尾の「One Point」で「まずは WCAG 2.0 から着手してみよう」という提言がありますが、これはおそらく現行の JIS X8341-3: 2016 が WCAG 2.0 との一致規格であるからかと思われます。WCAG 2.x には後方互換性があるので問題はありませんが、個人的には、新たに一般化しているデバイス (タッチインターフェース) やニューロダイバーシティなども考慮に入れる形でアップデートされている最新の WCAG 2.2 をベースにしたいという立場でして、そのうえで「ハードルが高い」のが課題であれば、まずは WCAG 2.2 のレベル A の達成基準から取り組んでみるのがよいのではと考えています。いずれ WCAG 2.2 との一致規格として JIS X8341-3 も改正される予定なので、そうなればますます「まずは WCAG 2.0 から」というアプローチを取る積極的な意義もなくなってゆくと思います。
- Lesson 06 の「ウェブアクセシビリティは終わりのない旅である」というメッセージは、本当にそのとおりだなと思います。「現代社会において、ウェブは単なる情報源ではなく、教育、仕事、買い物、行政手続き、コミュニケーションなど、生活のあらゆる場面で不可欠なツール (Lesson 49 より)」であることを十分に自覚して、利用者の自立した生活の阻害要因を作り出さないよう、継続的にアクセシビリティの向上に取り組みたいものです。
- Lesson 48 「ウェブアクセシビリティを仕事にしてみよう」で、自身の取り組みを外部に発信することをすすめるコラムがあります。個人的にも共感する部分が多く、私自身、ブログを書くことを通じてアクセシビリティに関する様々なご縁 (WAIC の活動への参加、登壇や講演、コンサルティングなどお仕事のご依頼、など) に恵まれたな、と改めて思うところです。ぜひ読者の皆さんにも、おすすめしたいと思います。
全体としては、必ずしも初学者向けではない内容も含まれますが、著者のウェブアクセシビリティに対する真摯さがそこかしこに感じられる一冊です。自社サイトのアクセシビリティ推進を担当される方や、組織としてアクセシビリティに取り組みたいと考えている方には、参考になるトピックがいろいろと含まれている本なので、興味のある方はお手に取ってみてはいかがでしょうか。