アクセシビリティを普及/推進するための戦術はこのままでよいのか?
ちょっと「煽り」っぽい記事タイトルですが...。2011年3月に開催されたアクセシビリティに関する国際会議「CSUN 2011」において、「Do We Need To Change the Web Accessibility Game Plan?」というパネルディスカッションが開かれました。アクセシビリティを向上させるための戦術 (Game Plan) はこのままでよいのか?変える必要があるのか?という根源的とも言えるテーマを扱ったものです。
スクリーンリーダーなどの支援技術が進歩し、アクセシビリティ向上につながる仕様や規格 (WCAG 2.0、HTML5、WAI-ARIA など) の整備も進んできている現在、Web 開発者の間でアクセシビリティに対する認識が高まってきています。その一方で、近年 Web で見られるイノベーション (Ajax のようなリッチなインタラクションだったり、ソーシャルメディアだったり、各種マッシュアップだったり...) にアクセシビリティ施策が追いつけていない現状もあるのではないか?という課題認識が、今回の議論の背景になっているようです。
Web アクセシビリティ向上のために活動している米国の非営利団体「WebAIM (Web Accessibility in Mind)」の Jared Smith 氏がモデレーター (司会者) を務め、John Foliot 氏 (米国スタンフォード大学、W3C HTML5 Accessibility Task Force の共同議長)、Sandi Wassmer 氏 (英国 Copious 社の最高経営責任者)、Jennison Asuncion 氏 (カナダのアクセシビリティ専門家) といった面々がパネリストとして参加しました。
議論のポイント
議論のキーポイントとしては、事前に公開されたアジェンダ (CSUN のセッション紹介ページから入手できます) で、以下のとおり例示されていました。
- Web アクセシビリティを推進するために今している努力は、現在 Web の世界で生じているイノベーションや変化を考えた場合、効果があると言えるだろうか?
(Are current web accessibility efforts effective considering current web innovations and changes?) - Web アクセシビリティ ガイドラインや標準仕様の策定およびその普及活動は、Web アクセシビリティを推進する上で、どんな役割を担っているのか?
(What is the role of web accessibility guidelines, standards, and standards advocacy in furthering web accessibility?) - Web アクセシビリティは、杓子定規で堅苦しくてテクニカルで退屈なものなのだろうか?どうしたら、もっとエキサイティングなものにできるだろうか?
(Is web accessibility too pedantic, stuffy, technical, and boring? How can we make it more exciting?) - Web アクセシビリティの普及や教育は、どうしたらもっと効果的で主流なものにできるだろうか?
(How can web accessibility advocacy and education be more effective and mainstreamed?) - Web アクセシビリティを推進するためのゲームプラン (戦術) は、今、全面的に見直して「再起動」をかけるべき時なのだろうか?
(Is it time to totally rethink the web accessibility game plan and 'reboot' our efforts?)
上記キーポイントの観点で、あるいはそれ以外の観点で、アクセシビリティをどう向上させてゆくか、については様々な意見があるでしょうし、実際、読者の皆さんの中でも色々と試行錯誤をされている方もいらっしゃるのではないでしょうか。私自身、最近、アクセシビリティのプロフェッショナルの方々と一緒に少数精鋭の勉強会を立ち上げて、濃い議論を交わしているところですが、各々の立場 (制作者だったり、コンサルだったり、NPO だったり) で、実に様々な悩みがあることを共有させていただいているところです。
なお、このパネルディスカッションを開催するにあたっては、ツイッターでハッシュタグ (#gameplan) を用意して、会場外からの意見や議論も同時に受け入れたようです。ディスカッションの最中および終了直後に、合わせて数百ものツイートがあったそうで、今回のテーマに対する反響の大きさがうかがえます。
寄せられた意見
以下に、今回のディスカッションに関して、ツイッターにハッシュタグ (#gameplan) 付きで寄せられた意見の一部をご紹介します。この手の意見は十人十色なので、読者の皆さんの中には「そのとおり」と共感する方もいらっしゃるでしょうし、「うちではもっとうまくやっている」という方もいらっしゃるかもしれません。ここでは、私自身が「なるほどなあ」と感じたものを中心に拾ってみました (出典は、WebAIM のブログ記事「The Web Accessibility Game Plan」です)。
- アクセシビリティに対する認知度は、これまでになく高いものになっている。
(Accessibility is at an all time high when it comes to awareness.) - 「なぜ」アクセシビリティが必要なのか?という段階から、「どうやって」アクセシビリティを向上させるか、という段階に進化している。
(We've progressed from the "why?" of accessibility, to the "how?".) - アクセシビリティを推進する上で挑戦すべき課題は、最新のクールなイノベーションに、遅れずについてゆくことである。
(Our accessibility challenge is trying to keep up with the latest cool innovations.) - Web アクセシビリティを語るとき、インクルーシブな形とすることで、より多くの人を巻き込むことができる。アクセシビリティの認知度を高めるために「Web インクルーシビティ」と言い換えてはどうだろうか。
(Talking about web accessibility as inclusive gains more buy in. Should we rephrase it as "web inclusivity" to increase awareness?) - アクセシビリティ対応によって得られるポジティブな利点を示すことで、アクセシビリティの印象を変えることが重要だ。アクセシビリティ対応が簡単にできれば、さらに印象はよくなる。
(It's important to change the way a11y is perceived by showing positive benefits. Making it easier to do will help.) - 仕様レベルの話では、アクセシビリティの推進は難しい。専門家が小さく群れて、ご立派な学術的知識に基づいて見解を発信しても、それはアクセシビリティの推進には寄与しない。
(On the spec level a11y is hard to do. Small coteries of 'expert opinion', coupled with bad science doesn't help.) - ウェブの開発に携わる人はみんな、アクセシビリティ実現に向けてできる役割を理解する必要がある。
(Everyone involved in web development needs to understand their role in accessibility.) - 大学教育課程で、ユーザビリティに関するコースの中に、アクセシビリティを盛り込むにはどうしたらいいだろうか?
(How do we get accessibility to be included into the usability courses in college curriculum?) - 「正しい行動」というのは、お金 (予算) や時間が足りなくなったとたん、なされなくなるものだ。
("Right thing to do" works until the budget or time are short.) - どのようにアクセシビリティを実現するかは、プロジェクトの最初の段階でデザイナーやコーダーを教育することによって、推進しなければならない (後から思いつきで教育するのではなく)。
(The "how" must also be driven by educating the designers/coders to integrate a11y at the start of projects, not an afterthought.) - 「アクセシビリティ」という言葉は、クライアントに対して使っていない。「バリアフリー」とか「インクルーシブ」という言葉のほうが好ましい。
(doesn't even use the word "accessibility" anymore to clients. I prefer "barrier-free" or "inclusive.") - アクセシビリティに対する印象それ自体に問題は無いと思うが、アクセシビリティはコストがかかると思い込んでいる人が多い (適切に設計/実装すれば、そうでもないのに) と思う。
(I don't think the a11y image has a problem, I think the people relate a11y to more costs which isn't true when done properly!) -
もしも、アクセシビリティを提唱する人が独善的になりすぎて現実的でなくなってしまったら、どういう問題になるだろうか?
(What if our problem was those a11y advocates that are way too dogmatic and not pragmatic enough?) - アクセシビリティの提唱は、専門家以外の人が混乱することのないように、明快で受け手に適合した形で、行なわれる必要がある。
(Accessibility needs to be communicated to non-specialists in a clear and united way to avoid confusion.) - アクセシビリティの専門知識を持たないユーザビリティ専門家は、ユーザビリティの「専門家」ではない、と言いたい。
(I would argue any Usability Expert without Accessibility expertise is not a Usability "Expert".) - アクセシビリティは、UX (ユーザーエクスペリエンス) と切っても切れない関係だし、UX のサブセットでもない。アクセシビリティそれ自体が、UX である。
(Accessibility is not independent of UX, nor a subset. Accessibility *is* UX.) - アクセシビリティは公民権であり、公民権を守るために法制度がある。アクセシビリティを実現するために、法的なアプローチは効果的だろうか?
(Accessibility is a civil right, the legal system is how civil rights are protected. Is the legal approach effective?)
様々な意見を振り返っての私見
上記、様々な意見が寄せられていますが、これをご覧になって、皆さんはどんな印象をお持ちになったでしょうか?
私自身は特に、「ユーザビリティ専門家にはアクセシビリティの専門知識も必要である」といった意見や「ユーザーエクスペリエンス (UX) とアクセシビリティは不可分であると」いった意見に、すごく共感を覚えました。当サイトは「Website Usability Info」と名乗りつつも、ユーザビリティやユーザーエクスペリエンス (UX) だけでなく、アクセシビリティについても力を入れて言及しているわけですが、それは私自身も、このような想いを強く持っているからです。
また、インクルーシブな手法 (デザインプロセスの上流工程からユーザーを積極的に巻き込んでいく手法) について触れられていたり、コストなどのリソースや教育についての言及があったり、現実的でわかりやすい形での提唱/普及を主張する意見があったりと、いずれも興味深く感じると同時に、現実的な課題認識として心に留めておきたいと思いました。
上記でも少し触れましたが、私は最近、少数精鋭のプロフェッショナルによる勉強会を立ち上げており、Web アクセシビリティをより実践的に推進するための方策を模索しているところです (この活動のアウトプットは、いつか、ご紹介できるかもしれません)。その中でも話をしているのですが、どうすれば、アクセシビリティに詳しくない、あるいは関心が低い関係者を巻き込むことができるか?限られたリソースの中でどう納得感や共感を持ってもらい、実際にアクセシビリティ向上に取り組んでいただくことができるか?といった課題は非常に大きいと感じています。その意味で、今回のディスカッションで出た意見は、とても示唆に富んでいると言えそうです。
技術論や実装方法論だけに偏ることなく、「人間系」の部分についても模索してゆく必要があるなと、今回のディスカッションをきっかけに改めて感じた次第です。