JIS X8341-3:2010 を理解する (その1) : 規格改正の背景、特長、課題

先の記事「JIS X8341-3:2010 が正式に公示」でご紹介しましたが、Web アクセシビリティの JIS 規格である「JIS-X8341-3:2010 (高齢者・障害者等配慮設計指針 - 情報通信における機器、ソフトウェア及びサービス - 第3部:ウェブコンテンツ)」が2010年8月に公示されました。2004年に初めて導入された JIS X8341-3:2004 の「改正版」になります。財団法人 日本規格協会のサイトにて、規格票を購入することができます (冊子またはPDFファイルにて)。

その後、この改正 JIS 規格の策定メンバーの方々から直接お話を伺うセミナーに参加したり、実際に JIS X8341-3:2010 およびそのベースとなる WCAG 2.0 (Web Content Accessibility Guidelines) の関連文書を読み込んだり、いくつかのサイトで JIS X8341-3:2010 に基づいたアクセシビリティ検証 (試験) を行なったりする中で、自分なりに、この JIS 規格に対する理解を深めてきました。そこで今回は、JIS X8341-3:2010 とはどういうものかについて、わかりやすくサマリーしてご紹介したいと思います。

まずは「その1」として、JIS X8341-3:2004 が改正された経緯や、改正された JIS X8341-3:2010 の特長、さらに JIS X8341-3:2010 が抱える課題について、ご紹介します (次回「その2」では、JIS X8341-3:2010 を実際に読み込むにあたって知っておいていただきたい、ドキュメント体系や JIS X8341-3:2010 規格票の概要、読み込むうえでのポイントについて、ご紹介します)。

とかく「難しい」「とっつきにくい」と思われがちな JIS X8341-3:2010 ですが、皆さんが正しく JIS X8341-3:2010 理解するうえで、何らかの一助になれば嬉しいです。

JIS X8341-3:2004 改正の経緯

Web の世界では、W3C (World Wide Web Consortium)WAI (Web Accessibility Initiative) というワーキンググループが策定する WCAG (Web Content Accessibility Guidelines) が、アクセシビリティ指針として世界中で広く参照されています。JIS X8341-3 の初版 (2004年制定の JIS X8341-3:2004) も、WCAG 1.0を参考に作られました。

その後、2009年12月に WCAG 2.0 が勧告されるわけですが、その過程において、日本からも WAI ワーキンググループへの積極的な働きかけがなされ、JIS X341-3:2004 の策定/運用を通じて得られたノウハウを WCAG 2.0 に反映させることができたそうです。その一方で、JIS X 8341-3:2004 の見直しタイミングが来て (工業標準化法により JIS 規格は公示後5年以内に見直しをすることが決められています)、せっかく改正するのであれば (日本からも貢献した) 国際標準指針 WCAG 2.0 を基に、作り直そうということになったそうです。

当初の予定では、2009年には改正 JIS が公示されるスケジュールでしたが (ですので、パブリックコメントを受けるために改正原案が公表された時点では「JIS X8341-3:2009」という名称でした)、より万全を期して、改正作業が行なわれたのでしょう、WCAG 2.0 が勧告されてから約1年半後の2010年8月20日に、JIS X8341-3:2010 は公示されました。

こうして見ると、改正された JIS X8341-3:2010 は、WCAG 2.0 と密接な関係があることがわかります。JIS 規格を理解するうえでは、当サイトの記事 (「WCAG 2.0」の読みかた) も併せてご覧いただくと、より理解が深まるかもしれません。

JIS X8341-3:2010 の特長

JIS X8341-3:2010 は、初版 (JIS X8341-3:2004) との連続性や、JIS X 8341-1 (JIS X8341シリーズの共通指針) との整合性に配慮しながら、WCAG 2.0 の内容を盛り込む形で策定されました。国際標準指針である WCAG 2.0 の持つ、以下の利点を受け継いでいることが、JIS X8341-3:2010 の特長と言えるでしょう。

このように、WCAG 2.0 との親和性がとても高い JIS X8341-3:2010 ですが、その一方で、WCAG 2.0 には無いものも含んでいます。具体的には、箇条6にて、サイト開発プロセスの各段階で配慮すべき事項について規定していたり、箇条8にて、試験方法について (欧州指令の考えかたも取り入れつつ) 規定したりしています。

課題

WCAG 2.0 の利点を受け継ぐ形で策定されている JIS X8341-3:2010 ですが、一方で、それゆえの課題も存在します。各課題に対しては、JIS 策定メンバーの方々によって、以下のような解決が図られています。

このような課題もあり「わかりやすい明確な規格」とは決して言えない JIS X8341-3:2010 ではありますが、変化が速く予測が難しいメディアである Web のアクセシビリティ向上という、正解を見出すのが難しいフィールドにおいて、実効性のあるスタンダードを JIS 規格改正という形で明文化したことの意義は、ものすごく大きいと言えます。

ちなみに、JIS X8341-3:2010 策定の中心メンバーである渡辺隆行氏 (東京女子大学教授) は、様々な取材において、「規格はベストでなくても、ベターであればよい」と繰り返しおっしゃっています。ベストを目指すあまり前進できないよりは、少しでも前進するほうがよい、ということでしょう。このあたりの考えかたは、当サイトの記事 (できることを少しずつ「継続は力なり」の精神で) にも通じるものがあるかもしれません。

また渡辺氏は「全員が同じ規格を使うことが重要」とも繰り返し強調しています。勝手に (制作者側が守りやすいことを優先した) 独自ルールを作ることを許しては、実際にユーザー (障害者や高齢者など) の利便性向上に寄与できないということだと思います。JIS X8341-3:2010 は「わかりにくい」という感想は、私自身もよく聞きます。実際、読んでいてすっと頭に入るものではありません。だからと言って、勝手に独自のアクセシビリティルールを作るのは、私自身も賛成できません。共通のモノサシで、アクセシビリティのベースラインを揃えることが大事だと思います。

そのうえで私は、JIS X8341-3:2010 を「品質基準としてまず考慮しなければならない基礎」と捉えたいと考えています。この基礎の上に、ユーザビリティに配慮して、実際に Web コンテンツがユーザーの目的達成に役立つかまでを見据えたいと思いますし、そうあるべきだと切に思います。

少し余談になりますが、私自身、Webサイトの制作や運営に関するガイドライン策定の仕事をいただくことが多々あり、ドキュメンテーションやライティングのスキルを駆使していますが、それでも「ルールをまとめることの難しさ」を日々感じています。そんな私の主観的な印象ではありますが、JIS X8341-3:2010 は、様々なことを想定してよく練られた規格だと感じます。誰が読んでもすんなり理解できる表現になっていないのは事実です。ただ、そうではあっても、全体的に一貫性のある書きかたにはなっているので、何度か繰り返すうちに、読解のコツが掴めてくると思います。規格票の「3. 用語及び定義」も参照しつつ、ぜひ、繰り返し読み込んで理解いただきたいなと思います (読んでいて何かご質問があれば、お問い合わせいただければわかる範囲でお答えいたしますし、WAIC に質問を投げかけてみることも可能です)。

次回「JIS X834-3:2010を理解する (その2) : ドキュメント体系と読み込む上でのポイント」では、もう少し踏み込んで、JIS X8341-3:2010 の具体的な内容についてご紹介します。