クロスチャンネル時代の情報アーキテクチャ
「Pervasive Information Architecture : Designing Cross-Channel User Experience (Andrea Resmini & Luca Rosati)」を読みました。発売されて日が浅く、和訳版も出ていませんが (出る予定も無さそう...?)、興味あるテーマだったので原書に挑戦してみました。
ちなみに「Pervasive」とは「至る所に広がる、行き渡る、まん延する」といった意味です。「Inforrmation Architecture (情報アーキテクチャ)」が対象とすべき範囲 (情報デザインの対象) は、顧客の消費行動全体に亘りますよ、というお話です。
情報アーキテクチャの対象の広がり
従来、情報アーキテクチャといえば、Web サイトの情報をどう設計するか、という議論が中心でした。もちろん、それは現在、そして今後においても、とても大事なことです。
ただ、実際の消費者の購買行動 (あるいはサービスの利用行動) を見ると、Web だけで完結していることは稀で、実店舗やコールセンター、紙媒体(チラシだったりカタログだったり)など、様々なチャンネルが顧客タッチポイントになっています。私たちが請け負う仕事のスコープが「Web サイトの」設計や制作に限定されるとしても、単に Web サイトのことだけを考えていれば済むというのではなく、クライアントの顧客である消費者の行動全体を視野に入れて、様々なチャンネル (顧客タッチポイント) も含めて一貫したユーザーエクスペリエンス (経験価値) を提供できるよう、デザインを工夫/改善してゆくことが求められるのです。
また、昨今のスマートフォンの普及によって、ひとくちに「Web」といっても、PC (デスクトップ) で見る場合だけでなく、モバイル環境で見ることも一般的になってきました。情報の利用がユビキタス (いつでも、どこでも...) になってきたばかりでなく、ユーザー自身の状況に応じたインタラクションも可能になっています (GPS/位置情報によって経路探索や周辺のおすすめを調べたりなど)。こうした Web の使われかたの変化を鑑みても、顧客の消費行動全体を視野に入れてデザインすることの重要性をうかがい知ることができます。
「Web サイトだけの情報アーキテクチャを考えていれば済む」わけではない、というのは私たち自身 (や家族/友人など) の普段の消費生活を振り返ってみれば「当たり前」と言えそうですが、情報アーキテクチャの専門書/啓発書で、こういう視点に立った議論が今まで (多分あまり) 無かったという意味で、本書は画期的と言えます。様々な顧客タッチポイント間をまたいで構築される (クロスチャンネルな) 情報アーキテクチャとはどういうものか?を体系的に考えるきっかけとして、とても面白い本だと思います。
ユーザーと情報の関係
クロスチャンネルな情報アーキテクチャを考えるにあたり、その前提として「ユーザーと情報の関係はどう変わってゆくのか?」「情報はどうデザインされ、ユーザーはどう行動するようになるのか?」について理解しておきたいところです。本書では、マニフェスト (声明) のような形で、次のようにまとめられています。
- Information architectures become ecosystem
- 情報アーキテクチャは、多くのチャンネルや顧客タッチポイントを連携するエコシステムを形作るものになる。
- Users become intermediaries
- ユーザーは受動的な消費者ではなく、エコシステムの中で能動的な媒介として (自ら情報発信するなどして) 行動するようになる。
- Static becomes dynamic
- 情報は (特定のチャンネルだけに存在するのではなく) 編集/加工されて様々なチャンネルで展開されるようになる。また媒介であるユーザーによって改変されるようになる。
- Dynamic become hybrid
- 情報アーキテクチャは様々な違い (デジタルなデータか物理的なモノか、など) をまとめて取り込むようになり、異なるメディア間に存在していた垣根を低くしてゆく。
- Horizontal prevails over vertical
- 特定チャンネル内部の階層構造よりも、異なるチャンネル間の関係性が重要になってくる。
- Product design becomes experience design
- ある特定の「モノ」をデザインするよりも、そのモノや関連するサービスを含めた「体験」をデザインすることが重要になってくる。
- Experiences become cross-media experience
- 「体験」は単一のメディアよりはむしろ、クロスメディアでの体験が当たり前になってゆく。
5つのヒューリスティクス
上記のように今後、ユーザーと情報の関係が変わってゆくことは、受け入れなければならない事実だと言えます。では、これを受け入れたうえで、実際にどうデザインとして解決してゆけばよいのでしょうか。
本書では一貫して、「5つのヒューリスティクス (heuristics : 問題解決に役立つ知見)」が採り入れられています。これらは、pervasive な情報アーキテクチャを検討/設計するうえで意識すべきはたらき (the capability of a pervasive information architecture model) として、定義されています。
- Place-making (場の創造)
- the capability of a pervasive information architecture model to help users reduce disorientation, build a sense of place, and increase legibility and way-finding across digital, physical, and cross-channel environment.
方向感覚を失わないように支援し、場の感覚 (「そこにいる」感覚) を作り、どの環境/チャンネルを利用していても情報や道筋を見つけやすくすること。- Consistency (一貫性)
- the capability of a pervasive information architecture model to suit the purposes, the contexts, and the people it is designed for (internal consistency) and to maintain the same logic along different media, environments, and times in which it acts (external consistency).
目的、コンテキスト、人に適合させ (=内部における一貫性)、さらにそれを、異なるメディア、環境、時間にも適合させる (=外部における一貫性) こと。- Resilience (復元力)
- the capability of a pervasive information architecture model to shape and adapt itself to specific users, needs, and seeking strategies.
特定のユーザー、ニーズ、探求のしかたに適応するように、情報を形作ること。- Reduction (簡素化)
- the capability of a pervasive information architecture model to manage large information sets and minimize the stress and frustration associated with choosing from an ever-growing set of information sources, services, and goods.
膨大な情報群を管理し、増え続ける選択可能性 (情報、サービス、モノ) によってもたらされるストレスやフラストレーションを極力小さくすること。- Correlation (相関関係)
- the capability of a pervasive information architecture model to suggest relevant connections among pieces of information, services, and goods to help users achieve explicit goals or stimulate latent needs.
断片化して存在する情報、サービス、モノを関連付けて (つなぎ合わせて) 提示し、目的の達成や潜在ニーズへの気づきを支援すること。
具体的にどう実践するか?
本書で掲げられているマニフェストやヒューリスティクスをもとに、具体的に自分のサイト (あるいはサービス全体) でどう情報アーキテクチャを実践してゆくか。Web サイト以外のチャンネル (顧客タッチポイント) も含めトータルで考えるとなると、こればかりはケースバイケースで最適解がまったく異なると言えます。
情報アーキテクチャの古典的バイブルとして有名な「Web 情報アーキテクチャ」(Louis Rosenfeld 氏と Peter Morville 氏による、いわゆる「しろくま本」) には多くの具体的なハウツーが書かれているのに対し、どちらかというと本書は、考えかたのヒントを提示してくれる感じです (いくつか、参考になるケーススタディは載っていますが)。実際、本書は、その内容について「for discussion, not worship (あくまでも議論の叩き台であって、盲信の対象ではない)」と明言しています。
Web の情報設計に関わる身としては、本書によって得られる新しい視点をもって、改めて「しろくま本」などをベースに創り上げられてきた Web の情報アーキテクチャのありかたを見つめ直してみる (従来の情報アーキテクチャに対して、個々のプロジェクトなりの、建設的なフィードバックを返してみる) ことが、具体的な実践方法を見出すための第一歩になるかなと思っています。