サイト横断的な IA
ひとつの企業が複数のウェブサイトで情報発信やコミュニケーションを行なう場合、サイトごとの IA (Information Architecture : 情報アーキテクチャ) に加えて、もうひとつ上のレベルで、企業全体の視点でのサイト横断的な IA が必要になります。IA の入門書「IA100 — ユーザーエクスペリエンスデザインのための情報アーキテクチャ設計」では、「ウェブエコシステム」と「サイトストラクチャ (ウェブサイトごとの情報アーキテクチャ)」の間のレイヤーとして「EIA (Enterprise Information Architecture : エンタープライズ情報アーキテクチャ)」という用語で定義されています。
EIA はもともと、主にサイト運営規模の大きな組織 (大企業) に特有の課題でした。ところが、ウェブ利用を取り巻くエコシステムが複雑になる中、このようなサイト横断的な IA を意識することは、サイト運営規模の大小を問わず重要になってきていると思います。
複雑になるエコシステム
ウェブ利用を取り巻くエコシステムは、かつては「ウェブエコシステム」のみと言えました。インターネットには無数のウェブサイトが存在し、それらはお互いにハイパーリンクでつながっていたり、あるいは検索エンジンを介してつながっていたりすることで、ひとつの生態系のようである、という様相を言い表しています。最近ではソーシャルメディアもこのエコシステムの構成要素として大きな存在感を見せており、エコシステムを活性化しています。
そして近年、いわゆるマルチデバイス時代になって以降、ウェブ利用を取り巻くエコシステムにおいては「ユーザーエージェントのエコシステム」とでも言えそうな側面も顕著になってきました。ユーザーエージェントとは、ユーザーがウェブ利用時に使用するハードウェアおよびソフトウェアのことですが、今や下記のように多様化していて、ユーザーは自身の目的やコンテキストに応じてこれらを自由に使い分けることで、個々人の一連のユーザーエクスペリエンス (UX) を形成しています。
- ハードウェア : PC に加え、大小様々なタブレットやスマートフォンといったオプションがある。ウェアラブル端末もここに加わる可能性がある。
- ソフトウェア : ウェブブラウザに加え、モバイルアプリというオプションもある。アプリ内 WebView でウェブコンテンツが見られる場合もあれば、特定サイトと同等機能を持った単体アプリがブラウザ代わりに使われる場合もある。
「ウェブエコシステム」に「ユーザーエージェントのエコシステム」という次元が加わって複雑になっているのが、ウェブ利用を取り巻くエコシステムの現状と言えるでしょう。
どのサイトオーナーにおいても「他人事」ではないサイト横断的な IA
このようにウェブ利用を取り巻くエコシステムが複雑になることで、その対応として現実には以下のようなことが多く見られるようになっています。
- ソーシャルメディアのインフラを用いて企業公式アカウント (公式チャンネル、公式ページ) を開設し、メインのウェブサイトとは別に、情報発信/コミュニケーションする。
- マルチデバイス対応として、モバイルサイトを開設する。またはレスポンシブデザインでサイトを構築しつつ、デバイスの種類を想定したデザインを施す。
- UX 向上を目論んで、メインのウェブサイトと別にモバイルアプリを公開する。
また、サイト運営側の意図とは別に、自社サイトのコンテンツが別のところで再利用されることもあります。
- ソーシャルメディアで自サイトのコンテンツがシェアされる。
- キュレーション系のアプリ内で自サイトのコンテンツが表示される。
以上の事象はすべて、企業のウェブコミュニケーションが一つのウェブサイトで完結しないという点で、サイト横断的な IA の対象と考えることができますが、いずれもサイト運営規模の大きさに関わらず起こり得ることにお気づきでしょうか。つまり、どのサイトオーナーにおいても、サイト横断的な IA を意識することは「他人事」ではないと言えそうです。
サイト横断的な IA の策定と運用
サイト横断的な IA は、企業全体の事業戦略やブランディング戦略といった大局的な観点から、(個々のサイト単位ではなく) 上位の全社的なドキュメントとしてまとめるのがよいでしょう。自社内でウェブ運用ガイドラインが整備されていれば、その中でまとめるのも一考です。ウェブ運用における様々な局面 (サイトの新設、日々のコンテンツ更新、リニューアル、ソーシャルメディアのアカウント取得、サードバーティサービスの利用、など) で適用されるものなので、その策定においては、組織内で想定される様々な問題を吸収できる設計にしておきます。その一方で、予測不能な未来に柔軟に対応できるように、ルールを「がんじがらめ」にしすぎないバランスも重要です。判断に迷う事案が発生したときに立ち返れるように、前提となる基本原則やその理由も併せて明示できるとよいと思います。
また実運用においては、適切なコンテンツ展開を支援すると同時に、不適切な広がり (サイトやアプリの濫立) を抑制する仕組みも必要です。サイトの運営体制、企画の承認プロセス、実務におけるワークフロー (設計から制作、QA、公開に至るまでの流れや決まりごと) を整備しておきましょう。
こうして見ると、サイト横断的な IA とは多分に「ガバナンス」的な仕事と言えるかもしれません。いわゆる「お役所仕事」に陥いらないように気をつけたいものです。大事なのは、企業全体のビジネスゴールとユーザーのウェブ利用文脈を同時に見据え、UX を最大化することです。
サイト横断的な IA の構成要素
サイト横断的な IA には、例として以下のような構成要素が挙げられます。ここでは、サイト体系の定義を中心に、各サイト共通で適用されるべきデザイン上のレギュレーションや、それらを実現また維持するためのプロセスおよびワークフローを定める、という形を考えています。
サイト体系の定義
全社的な視点で、どのようなウェブサイト群を建てる (運営する) のかをデザインし定義します。
サイトの種類
- 各サイトの定義および互いの関係性。役割別にサイトを分けるのか (コーポレート情報サイト、商品情報サイト、eコマースサイト...)、ブランド戦略に応じてサイトを分けるのか、グローバル展開に際して国 (地域) 別 vs 言語別どちらの軸でサイトを分けるのか、など。スペシャルサイトを建てることの是非や条件も。
- ユーザー行動シナリオ (カスタマージャーニー) 上、サイト間の行き来が見込まれる場合、お互いをどう提示しナビゲートするか。
マルチデバイス対応
- ユーザーによるデバイスの使い分けをどう想定 (期待) するか。デバイス (プラットフォーム) 間における一貫性、連続性、補完性をどう具現化するか。
- レスポンシブデザインを採用するのか、(PC 用と別に) モバイルサイトを建てるのか。また、ウェブサイトと並列するモバイルアプリを展開するのか。それぞれの運用上の重みづけ (訴求やリソース配分などの優先度づけ) をどうするか。
ソーシャルメディアの活用
- 企業公式アカウント (公式チャンネル、公式ページ) を開設するソーシャルメディアの種類。
- 活用するソーシャルメディアの種類ごとの、役割や期待される効果。自社サイトとの関係。
ドメインネーム体系
- サイトごとに独自ドメインにするか、主たるドメインのサブドメイン形式にするか。
- ドメインネームに含むべき文字列。
- 防衛目的で確保すべきドメインの条件。
デザインのレギュレーション
サイト体系で定義された各サイト間で、共通して堅持すべきデザイン上の制約について定義します。ブランディングの観点に加えて、ユーザビリティやアクセシビリティといった基本品質にも言及したいところです。
ブランド表現
- CI (コーポレートアイデンティティ) や VI (ビジュアルアイデンティティ)。
- 各サイトに求められるトーン&マナー要件 (カラースキーム、文章を含む各種表現、など)。
- サイト共通ヘッダーおよびフッターの要件。
- ブランドが複数レイヤーで存在する場合 (マスターブランド vs サブブランド) の表示方法。
- ソーシャルメディアでシェアされる場合などを想定したメタ情報のありかた。title 要素や meta description、OGP などの要件。
- ソーシャルメディアで公式アカウント (公式チャンネル、公式ページ) を開設する際のデザイン要件 (プロフィール画像、配色、アカウント名など)。
- サードパーティのインフラでサイトを開設する場合 (ショッピングモールに出店するなど) のデザイン要件。
基本品質
- サイト間でユーザーインターフェース (UI) の一貫性を保持する (ユーザーの認知/学習負荷を軽減する) ための制約。
- 目指すべきユーザビリティ (ひいては UX) のありかた。サイト利用を通じて、どうなれば自社およびユーザー双方がハッピーかの定義。
- アクセシビリティについて。企業理念に基づくアクセシビリティの重要性の言語化。上述の「ユーザーエージェントのエコシステム」に支援技術も当然含まれることの共通認識化。
- (各サイト共通のボトムアップとして定義可能であれば) WCAG 2.0 の達成基準レベルおよび実装方針。
- 統制語彙 (サイト内で使用する/しない用語のルール) および表記ガイドライン。
プロセスおよびワークフロー
サイト体系およびデザインレギュレーションを持続的に実現するための手段として、必要な体制やプロセスも併せて設計しておきたいところです。
- ガバナンス部門およびサイトオーナーの定義
- サイトオーナーごとに整備すべき運営体制
- 企画承認プロセス (自社内にオフィシャルな決裁プロセスがあればそれに乗っかる形で定義)
- 実務フロー (設計から制作、QA、公開に至るまでの流れや決まりごと)
- 開設時やリニューアル時に採用する (組織内で実現可能な) ユーザー中心設計 (UCD) メソッド。
- ランニングにおける品質保持としてのユーザビリティテスト実施要領。
以上に挙げた事項を一度にすべて実践するのは難しいかもしれませんし、また実際には企業ごとに、横断的な IA として考慮すべき事項は少しずつ異なってくるかもしれません。検討可能な事項から着実に、また反復的に改善しつつ、練り上げてゆければよいかな、と思います。