ミスマッチ
『ミスマッチ 見えないユーザーを排除しない「インクルーシブ」なデザインへ』を読みました。
私たちが周囲の世界にアクセスするためのタッチポイントでは、様々な排除が (悪意はなくとも) 結果的に生じています。デジタル技術を用いてデザインされたインターフェースも例外ではありません。こうした排除によってもたらされるインタラクションのミスマッチ (不釣り合い) をどう捉え、どう解決する (インクルージョンに転換する) か、が本書のテーマです。
この記事では、本書を読んで得た学びを、メモとして (引用というよりは私自身の解釈が混じった形ですが) 箇条書きにまとめます。
- 社会とのタッチポイントをデザインする人は、誰が参加でき誰が排除されるかを、よくもわるくも決める立場にある。
- インクルージョンのあるべき姿は、捉えどころがなく、明確にデザインするのは簡単ではない。一方で、排除は具体的にわかりやすい。排除された経験は、感情的にも意味的にも、人の心に突き刺さる。
- おそらく私たちができることは、世の中のミスマッチな関係性 (排除による結果) を認識し、改善することである。
- インクルーシブデザインの3原則 :
- 排除を認識する。
- 多様性から学ぶ。
- ひとりのために解決し、それを大勢に拡張する。
- なぜ排除が生じるのか?「人間が道具を作り出し、その道具が人間を形成する」という考えに立つとわかりやすい。私たちがつくるものが社会に影響を与えると、解決すべきまた別の問題が現れる。排除には周期性があり、私たちの選択によって絶えず新しいものが生み出され得る。
- ビジネス (マーケティング) におけるデモグラフィックなカテゴリー分けは優先順位付けを伴うことが多く、またカテゴリーに含まれない人は忘れ去られた形になってしまう恐れがある。「障害者」はその典型例で、障害者の存在は社会の中で事実上見えなくなっている。
- 排除の不可視性を克服するためには、デザイナーは排除されている人々に意見を求めるとよい。排除を経験している人は、インクルージョンを目指してどのようにデザインを変えてゆけばよいかに関して、鋭い認識を持っているから。
- 排除は痛みや苦しみを伴う。社会をよりよくするためのソリューションから排除されると、人は社会そのものから拒絶されたように感じてしまう。
- デジタルテクノロジーが生活のあらゆる領域に普及したことで、排除が増幅され、さらに蔓延する恐れがある。
- 排除の習慣。デザイナーの (悪気はなくとも) 間違った思い込みによってもたらされる。時間的なプレッシャーの中、ユーザー像を安易に (簡略的に) 推測しようとすることも一因である。
- 障害を「個人の健康状態」と捉えるのではなく、「ミスマッチなヒューマンインタラクション」と捉える。障害 (ミスマッチ) を増やすのも減らすのも、デザイナーによる選択次第となる。(「障害の社会モデル」にも通じる。)
- インクルーシブデザインとは「幅広い人間の多様性を認め、それを活用する方法論」。対してアクセシビリティは「すべての人が利用できるという性質」。前者は「方法論」で後者は「性質」。アクセシビリティとインクルーシブデザインが一体になることで、基準に合うだけでなく、あらゆる人々に開かれた体験を提供することが期待できる。
- デザイナーは、アクセシビリティの基準を確実に理解することから始めなければならない。アクセシビリティの基準は、インクルーシブなソリューションが高い品質を保つための土台である。
- 排除された人々「のためにデザインする」のではない。善意による落とし穴に注意し、同情と固定観念によって「こちら側とあちら側」というヒエラルキー意識に陥らないようにすること。
- 大切なのは、排除された人々「とともにデザインする」こと。排除の経験者に、デザインプロセスに有意義に関与してもらうこと。
- デザインの刷新はビジネス面で重要だが、それにより新たな排除が生まれ、ユーザーの帰属意識や感情面での結びつきに影響を与える可能性があることも意識する。
- パレートの法則 (80:20の法則) やガウス分布 (ベルカーブ) は便利な反面、メインターゲットに含まれない層がエッジケースとして軽視または無視されてしまいやすい。ベルカーブ的な発想だと、アクセシビリティも辺境の問題として扱われがち。
- あたかも「平均的な (標準的な) 人」がいるかのように、そこに向けてデザインしても、結局は誰にもフィットしない。実際には「標準的な人」「極端な人」はいない。人は本来、多様なもの。
- 人間中心設計で用いられるペルソナは、大勢の人々を理解しようとするときに伴う不確実性をできるだけ減らす狙いを持つ。しかし、ペルソナによる単純化が過ぎると、人間が本来持つ多様性をデザインプロセスに還元することが忘れられてしまう。
- ビッグデータ (big data) だけでなく、エスノグラフィックなアプローチで得られる定性的なシックデータ (thick data) を併せて用いることが重要。
- ミスマッチには、永続的なもの、一時的なもの、状況次第で生じるもの、というスペクトラムがある。たとえば「聞こえない」には、聴覚障害 (ろう、難聴) に加えて、一時的な耳鳴り、公共機関でイヤホンのバッテリーが切れた、なども含まれる。こうしたスペクトラムを「ペルソナ・スペクトル」の形で整理、理解することで、ソリューションのインクルージョンを向上させつつ、それを大勢の人々に拡張することができる。
- インクルーシブなデザインをビジネス的に正当化する4つの視点 :
- 顧客エンゲージメントと貢献
- 排除されている人々の声に耳を傾け、ともにソリューションをつくりあげる。
- 顧客基盤の拡大
- ソリューションをより広い顧客、市場につなげる。「ペルソナ・スペクトル」を用いるのも一考。
- イノベーションと差別化
- インクルーシブなソリューションは、想定より幅広い顧客の役に立つイノベーションの種まきになることがある。
- インクルーシブデザインの手法自体がオープンでイノベーティブ。
- インクルージョンの改善に伴う高いコストの回避
- アクセシビリティを後付けで考えると、開発の手戻り、市場からの要求 (訴訟を含む) への対応に余分なリソースがかかる。
- 顧客エンゲージメントと貢献
- 不確実性を恐れ、避けようとすると、結果的に排除につながりやすい。
- 数学的モデル (ガウス分布) への過度の依存。
- ビッグデータとシックデータのバランス。
- デザインがミスマッチと排除をもたらすとして、では、デザインは改善策にもなり得るのか?答えはイエス。