書籍「新版 アフォーダンス」
「新版 アフォーダンス (岩波科学ライブラリー)」を読みました。
「アフォーダンス(affordance)」とは、「〜を与える / 提供する / もたらす」という意味の英語「afford」の名詞形ですが、ウェブサイトやアプリケーションの UI デザインという文脈では、モノの属性(UI の配置、形状、材質感、色など)がヒト(ユーザー)に対して「どう取り扱えば良いか」という情報を発している、という考えかたと捉えている方が多いと思います。
認知心理学者のD.A.ノーマン博士による「誰のためのデザイン」で、このアフォーダンスという言葉に初めて触れたという方も多いと思いますが、もともとは知覚心理学者のJ.ギブソン博士が提唱した概念で、しかもノーマン博士はこのアフォーダンスという言葉を独自解釈 (誤用) してしまっていた (†)、というややこしい話になっています。
† ノーマン博士が「アフォーダンス」と呼んでいた概念は、現在では「知覚されたアフォーダンス (perceived affordance)」または「シグニファイア (signifier)」という用語に訂正されています。このような背景もあり、そもそもアフォーダンスというのはどういうものなのか、を改めて知りたいと思い、入門書として有名な本書を読んでみました。以下、個人的に興味深かった内容を、大きく分けて「アフォーダンス」とそれを人や動物が知覚する「知覚システム」という2つの観点から、メモとしてまとめます。
アフォーダンス
- アフォーダンスとは、「環境が動物に与え、提供している意味や価値」(P.60) である。
- 環境は、媒質 (空気)、物質、面から構成されており、いずれもアフォーダンスとなる。
- 媒質 (空気) ... 包囲光、振動、音、匂い、重力、など。
- 物質 ... 硬さ、密度、粘性、弾性、可塑性、抵抗、光の吸収しやすさ、など。
- 面 ... レイアウト、キメ (テクスチャー)、オブジェクトの種別 (遊離物か付着物か)、イベント (レイアウトやキメの変化)、など。
- アフォーダンスは「『動物にとっての環境の性質』である。アフォーダンスは、知覚者の欲求や動機、あるいは主観が構成するようなものではない。それは、環境の中に実在する行為の資源である。」(P.72)
- アフォーダンスは「それと関わる動物の行為の性質に依存して、あらわれたり消えたりしているわけではない。さまざまなアフォーダンスは、発見されることを環境の中で『待って』いる。アフォーダンスの実在を強調するので、ギブソン理論は『エコロジカル・リアリズム (生態学的実在論)』ともよばれる。」(P.73)
- 「アフォーダンスは、誰でに利用できる資源として環境にある。アフォーダンスは、リアルであり、プライベート (私有) ではなくパブリック (公共) である。エコロジカルな意味や価値の公共性は、知覚者の行為が『柔軟性』をもつこと、すなわち、経験や発達によって行為がその多様性の幅を広げ、同じことを異なる仕方でも行えるようになることに根拠づけられている。さらに、アフォーダンスを特定する情報が、マルチモーダル (多重感覚的) であることも公共性を保証している。」(P.75)
知覚システム
- 人と動物は、環境 (光、音、力、化学的物質の流動、など) から情報を獲得するのに、複合的な「知覚システム」(P.60) という身体組織を利用する。「ミクロな受容器 (目だけ、耳だけ、皮膚だけ、といった単一の感覚器) ではなく、環境と持続して接している、マクロに組織化された身体によって (情報が) 特定」(P.60) される。
- 知覚システムには、「基礎的定位システム」「聴覚システム」「嗅覚と味覚システム」「視覚システム」「触覚 (身体感覚) システム」(P.88〜P.92) の5つがある。
- たとえば視覚システムは、単に眼球だけでなく、眼球を動かす筋、ひとつだけでなく複数の眼 (両眼)、さらには両眼を動かす頭部、頭部を動かす身体全体、といった多層構造になっていて、このように「何層にも入れ子になったマクロな視覚システム全体の働きによって、(視覚的活動が) 可能になっている。」(P.87)
- 「各知覚システムの獲得する情報は『等価』である。したがってすべての知覚システムが獲得する情報は『冗長』なことが多い。」(P.92)
- 「たとえば焚き火の『炎』のような出来事は、聞くことも (パチパチという音)、嗅ぐことも (燃焼に特有の匂い)、見ることも (反復する空気の揺らぎ)、皮膚への熱伝導から触覚で感ずることもできる。知覚するシステムが異なっても、これらの情報のどれでもが『炎』であり、どのように組み合わされても『炎』である。」(P.93)
- 「光覚のない視覚障害者が、単独で移動している例は多い。(それは)『視覚システム』以外のシステム、とくに『聴覚システム』と杖に延長した『触覚システム』によって可能になっている。(P.93)
- 知覚と行為 (運動) は「協調構造」(6章) の関係にある、と捉えることで「ベルンシュタイン問題」や「フレーム問題」を解決することができる。つまり、行為は知覚からのフィードバックを絶えず受けており、事前のプランニングに基づくのではなく自律的に、そのときそのときに応じて動的に、制御、調整される。
アフォーダンスとは何ぞや? (ノーマン博士がアフォーダンスと称してたものとの違いは?) を概念的に捉えようとすると理解が難しい気がしますが、アフォーダンスを知覚システムと一対のものとして捉え、そもそも人は周囲のものごと (環境) をどう知覚し、どう情報を得ているのか?という観点で素直に読んでみることで、ギブソン博士のアフォーダンス理論にいくらかでも馴染むことができるのかな、と感じました。
その意味では、本来アフォーダンスとは GUI のビジュアルやふるまいのデザインに限った話ではなく、より広く情報設計 (IA) や、さらには (各知覚システムが獲得する情報の「等価性」や「冗長性」といった点に着目すると) 情報アクセシビリティとも関連が深い話なのかな、と思い至っているところです。もちろん、今後ますます盛んになりそうな AI (‡) や XR のユーザー体験設計においても重視されることでしょう。
‡ 本書のエピローグでは、このアフォーダンスおよび知覚システムの考えかたが、AI ロボット (掃除ロボットのルンバなど) の開発にも応用されている事例が紹介されていて興味深いです。周囲の環境に関する内部モデル (地図) をあらかじめ持つのではなく、行為はロボットが実際に環境に出会うことで「創発」する、というものです。あるひとつの「知覚と行為」だけを実行する単位 (たとえば「障害物を知覚し避ける」「目標物を知覚しそこに向けて動く」など) を層として数多く備え、それぞれが独立してはたらき、場合によっては競合し、折り合いをつけ、目標までの行為が遂行される、という具合です。