No one left behind (誰ひとり取り残さない)

この記事は、Web アクセシビリティ Advent Calendar 2020 の20日目の記事です。


今年は、ウェブアクセシビリティの文脈で、これまでになく「No one left behind」という言葉を見聞きした印象を受けています。「誰ひとりとして、取り残さない」という意味の英語ですが、ウェブを始めとする情報アクセシビリティが目指すところを、端的に表わすキーフレーズだと言えるでしょう。この記事では、「No one left behind」が理念として謳われている例を振り返りつつ、このフレーズが持つ重みや意義について、考えてみたいと思います。

No one left behind」が理念として謳われている例

新型コロナウイルス感染症対策サイト (東京都)

ひとつ目の例は、東京都の「新型コロナウイルス感染症対策サイト」です。オープンソースで作られていて全国的に Folk されていますが、その行動原則 (code of conduct) の中に、「No one left behind」が含まれています。

No one left behind

  • 国籍や年齢、障害の有無にかかわらず、誰もが快適に利用できるサイトを目指す
  • ユニバーサルデザインに関するガイドラインに準拠する
出典 : 東京都「新型コロナウイルス感染症対策サイト」GitHub の「行動原則 (code of conduct)

実際、このキーフレーズにドライブされる形で、アクセシビリティ改善が大きく進んだという事例があります (参考 : Code for Japan Summit 2020「東京都新型コロナ対策サイトのアクセシビリティ改善を語る」セッション動画 およびスライド)。その一環として、当該サイトのアクセシビリティを WCAG / JIS X8341-3 を基にチェックするもくもく会があり私も参加しましたが、この理念に共鳴した有志の皆さんの熱量でどんどん改善点が浮き彫りになってゆくさまは、とても刺激的でした。

デジタル庁

ふたつ目の例は、政府による新しい行政機関として設置が予定されているデジタル庁です。CEATEC 2020 でのデジタル改革・IT担当大臣の言葉として、「No one left behind」が含まれています。

日本のデジタル社会は "No one left behind"、「誰一人取り残さない」ことを重視する。デジタル機器のアクセシビリティや UI/UX でデジタル格差を作らないことが重要だ。

出典 : 平井デジタル相、新設デジタル庁は「とてつもない権限」とスタートアップ精神で、まずIT基本法改正【AI/SUM & TRAN/SUM with CEATEC 2020】 - INTERNET Watch

「アクセシビリティや UI/UX でデジタル格差を作らない」とはつまり、誰もが分け隔てなく必要な情報にアクセスでき、サービスを利用できることを担保するということにほかなりません。折しも、ユーディットの関根千佳先生もこのデジタル庁構想について、「誰でも使える『アクセシブルな』もので、かつ使いやすい『ユーザブルな』ものでなくてはならない。」と主張されています (参考 : 【デジタル庁に望む】 関根 千佳さん|西日本新聞ニュース)。

実際の政府の施策としても、「デジタル改革アイデアボックス」というパブリックコメントの場が設けられ、アクセシビリティユニバーサルデザインに関しても多くの課題意識が浮き彫りになっており、今後の取り組みが注目されます。

国連の「持続可能な開発目標 (SDGs)」

今年になって、なぜこのように「No one left behind」というフレーズが理念として謳われる例が相次いだのでしょうか。いろいろな理由や経緯があるかもしれませんが、そのひとつの要素としては、2015年に国連で採択された SDGs (Sustainable Development Goals : 持続可能な開発目標) が掲げる公平性のアプローチ「誰ひとり取り残さない / No one will be left behind」が影響しているのかもしれません。

"誰ひとり取り残さない" No one will be left behind

すべての人のための目標の達成をめざし、もっとも脆弱な立場の人々に焦点をあてます。

出典 : SDGsの考え方 (日本ユニセフ協会)

SDGs が掲げる目標 (17項目) およびその細目となるターゲット (169項目) は多岐にわたりますが (参考 : 持続可能な開発目標 | 国連広報センター)、その大半の実現手段として、ウェブを始めとする情報アクセシビリティは、直接的または間接的に深く寄与するであろうことが見て取れます。私自身、以前、企業 CSR サイトの改善をお手伝いをさせていただいた際に、担当の方から「SDGs の観点を通じて、ウェブサイトのアクセシビリティに取り組むことの重要性を改めて実感した」とお話いただいたことがあります。

No one left behind」の重みと意義

この「No one (will be) left behind」という言葉、とても耳触りのよいフレーズですが、文字通り解釈すると、実はとても重たい決意表明であると言えます。なにせ主語が「No one」です。障害などの身体特性、利用デバイスやシチュエーション、ウェブやテクノロジーに関する習熟度、母語の違い ... といった人々の持つ多様性をすべて包含しつつ、誰かひとりでも、情報利用の機会から排除されてしまうような状況は、決して許されないという意味なのです。本当に実現可能なの?とおののいてしまうほど、とてつもなくチャレンジングなことです。

あまりに途方もなく、空虚にすら感じてしまうかもしれませんが、それでも敢えて「No one left behind」を理念に掲げることで、情報コミュニケーションのあるべき姿を共通認識として明示することに、私はとても意義があると思います。実際には十分できていないことも多いでしょうが、そのことをいたずらに責めたり自己否定に陥るのではなく、「No one left behind」をチームやコミュニテが共有する価値観と捉えて、そのベクトルに沿う改善や試行錯誤を継続的に重ねてゆくことが評価される、そんなカルチャーが多くの組織で定着してほしいと思います。

ただしその一方で、いつまでも中途半端のままではいけない、という覚悟も必要でしょう。障害、加齢、病気や怪我、使用言語、など個々人が抱えざるを得ない違いに起因する形で情報利用が阻害されている当事者にとっては、情報アクセシビリティの担保は自立して生きてゆくための人権でもあり、悠長に待っていられるようなものではないからです。「No one left behind」を謳う以上は、その理念に対して本気であってほしいものです。