選択しないという選択
キャス・サンスティーンの著書『選択しないという選択 — ビッグデータで変わる「自由」のかたち』を読みました。
著者のサンスティーンは、米国の法学者で、リバタリアンパターナリズム (†) の提唱者の一人として知られています。
† リバタリアンパターナリズムとは、選択の自由を尊重しつつも、公的および私的な機関が人々の行動に影響を与えることは可能であり、かつ正当であるという考えかた (またその実践) です。(参考 : Libertarian paternalism - Wikipedia)本書は、人々に何らかの行為をしてもらうのに「選択肢を提示して、人々に能動的に選択させる」のと「適切にデフォルトを提示して、人々の行為を誘導する」のと、どちらがよいのかという議論を様々な観点で展開しつつ、テクノロジーの進化によって今後ますます多くの領域で採り入れられてゆくデフォルトと、どう向き合えば人々の自由と幸せにつながるか、について論じています。
基本的にはあらゆる場面において、人々による能動的な選択は権利として尊重されるべきですが、実際には、人は何から何まで自分で選択しているわけではありません。たとえば、防災用品の詰め合わせを購入する、「本日のコーヒー」を注文する、パッケージツアーに参加する、ソムリエにワインを勧めてもらう、板前さんに見繕ってもらう ... など細かな選択を専門家に委ねることもあれば、カーナビのルート設定のようにプログラムを信頼して委ねることもあるでしょう。特にこだわりのない白物家電が十年以上ぶりに壊れて急遽買い換えなければならない場合、あれこれ調べて比較検討するのが億劫だ (そこそこの値段で、いい感じのモノを勧めてもらって、手早く決めたい) と思うこともあるかもしれません。こうした意味において、情報設計の担い手 (本書では「選択アーキテクト」と呼ばれています) が適切な形でデフォルトルールを設定し、ユーザーの意思決定を支援することは、合理的であると言えそうです。
本書では、デフォルトルールを提示することと、能動的な選択をさせることについてそれぞれ、おおよそ以下のような主旨の特質を挙げています。
「デフォルト」の特質
- ユーザーの判断に与える影響が大きく、オプトアウトが用意されていても、意思決定がデフォルトに沿った形で固着しやすい。惰性、現状維持バイアス、損失回避バイアスなどがよく見られる。
- 判断 (選択) のコストが軽減されるので、ユーザーにとって楽である。一方で、デフォルトルールが不適切な場合、誤り (失敗) のコストが大きくなる恐れがある。
- 「一つのサイズですべてに対応 (one size fits all)」な画一的なデフォルトルールだと多様なユーザーのニーズを満たすのに限界があるかもしれない。
- デフォルトルールの設定は、商品やサービスを提供する側にとっても調達や業務効率化などの観点で都合がよく、コストダウンにつながる (ひいては、ユーザー側の利益にもなる) こともある。
「能動的選択」の特質
- 選択アーキテクト側の知識不足で適切なデフォルトルールが設定できない場合や、選択アーキテクト側がユーザーによる十分な信頼を得られていない場合は、能動的選択を採用するのが賢明であろう。
- 行為の主体性をユーザーが持つべき場合、判断 (選択) がコスト (苦痛) ではなく利益 (楽しみ) となる場合、判断 (選択) を通じてユーザーが学習や能力開発をすべき場合、は能動的選択を採用するのが妥当である。
- ユーザーの判断 (選択) 能力には限界がある。必ずしも、能動的に選択したものが正しい選択であるとは限らない。
- ユーザーに選択を強要することは、皮肉にもかえってパターナリズム的になり得る。「選択しないことを選択する」ことも許容されるべきではないか。
デフォルトおよび能動的選択には、それぞれ上記のような特質がありますが、近年ではビッグデータや AI によって、高精度の協調フィルタリングなど、パーソナライズされたデフォルト (本書では「個別化したデフォルト」と呼ばれています) も実用化されてきており、両者の課題を解決する可能性が期待できるかもしれません。
「個別化したデフォルト」の特質
- 画一的 (one size fits all) なデフォルトと異なり、多様なユーザー個々人に最適なデフォルトルールを提供することができる。
- 判断 (選択) のコスト削減の最大化と、誤り (失敗) のコストの最小化が期待できる。
- 過去の履歴がベースになるので、選り好みの変化が生じやすいケースでは注意が必要。技術のさらなる進化によって、選り好みの変化も自動的かつ高精度に取得できるようになるかもしれないが。
- ユーザーのデータを取得することが不可欠なので、そのやりかたによっては、プライバシーの問題も。
個別化したデフォルトが進化すると、その行き着く先として「予測ショッピング」(ユーザーの行動を基に、嗜好に合うと高精度に推定される商品が自動的に、ものによっては定期的に、送付され課金される仕組み) の可能性が本書では取り上げられていますが、その妥当性に関する意識調査分析が興味深かったです。事後のオプトアウト (返品、返金、離脱) が明示的に設けられていても、大半の人 (調査時の設問のニュアンスや回答者の属性によって変わるが概ね7割ほど) は不快感を覚えるという結果で、現時点では、あるショッピングサイトが「予測ショッピング」を導入するにしても、デフォルトで顧客を「予測ショッピング」に加入させるのではなく、事前のオプトインが必要であろうことが、結論として見立てられています。
どれを採用する?
実際、自身の商品やサービスの提供において、(画一的または個別化した) デフォルトルールを提示するのと能動的な選択をさせるのとで、どの手法が妥当なのか、は選択アーキテクト (「情報アーキテクト」と言い換えてもよいと思います) にとって、大きな関心事でしょう。本書の中でも何度も思考実験が繰り返されていますが、結局は、それぞれの特質を十分に理解したうえでのケースバイケースになりそうです。つまり、抽象的な概念として指針が示せるわけではなく、具体的な案件ごとに検討することになります。ただ、検討するうえでのパラメーターは本書の中で以下のように導出されています。
- ユーザーのニーズが多様か?
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- 多様な場合 : 能動的選択または個別化したデフォルト
- 多様でない場合 : 画一的なデフォルト
- 判断 (選択) する行為がユーザーにとって利益かコストか?
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- 利益 (楽しみ) な場合 : 能動的選択
- コスト (苦痛) な場合 : デフォルト
- 行為主体性や学習がユーザーにとって重要か?
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- 重要な場合 : 能動的選択
- 重要でない場合 : デフォルト
- 適切なデフォルトルールを提示できる知識やデータが十分か?
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- 十分な場合 : デフォルト
- 不十分な場合 : 能動的選択
実際には、これらのパラメーターを複数ピックアップして、掛け合わせで検討する、という形になるでしょう。
そのうえで、本書では結論として、大きな流れとして個別化したデフォルトの可能性を不可避なトレンドとしてとらえており、最後の段落で下記の通り結んでいます。
個別化したデフォルト・ルールは多くの領域で今後の流れとなっていく。多様な人々が情報にもとづいて判断した選択についての大量の情報が利用できるようになるに伴い、個別化が大幅に進むのは避けられないだろう。来たるべき波はすでに動き出している。それが重大なリスクを生むであろうことを誰も疑うべきではない。プライバシー、学習、自己の能力開発の重要性 — そして多くの状況で能動的選択を要求することの必要性を私は力説してきた。しかしおおいに楽観視する理由がある。時間は貴重である。おそらくほかの何よりも貴重であり、もっと時間があればもっと自由になり、より多くの能動的選択ができるようになる。場合によっては、選ばないことが最善の選択である。個別化したデフォルト・ルールは、われわれがよりシンプルに、より健康的に、そしてより長く生きられるようにしてくれるだけでなく、もっと自由になれると約束してくれる。
生活全般において情報過多な現代、ユーザーが自ら物事を正しく判断 (選択) するという行為はとても大事であると同時に、大変なことでもあります。ウェブサイトやアプリケーションの情報設計においては、その提供サービスにおけるユーザーの行為主体性の度合いを見極め、ユーザーの判断 (選択) を乗っ取るような過度な肩入れに陥ることなく、あくまでも判断 (選択) に伴う大変さを軽減し QOL に寄与するという意識で、デフォルトを採り入れることの是非を考えることが重要だろうと思います。