クラウドソーシングによる動画へのキャプション付け

音声を含む動画コンテンツでは、耳の聞こえないユーザーへの配慮として、キャプション (字幕) を付けることが大事です。JIS X8341-3:2010 の達成基準 7.1.2.2 (等級A) でも、以下のように規定されています。

同期したメディア (筆者註 : 映像と音声が同期して一緒に流れる形の動画を指します) に含まれているすべての収録済みの音声コンテンツに対して、キャプションを提供しなければならない。

この達成基準を満たすためには、動画制作時にキャプションも一緒に用意する必要があります。キャプションは動画コンテンツのアクセシビリティ向上における「肝」と言える基本事項なので、Web サイトで動画を扱う際には、ぜひ意識したいところです。

理想的には、過去に制作された膨大な数の動画コンテンツに対しても、すべからくキャプションを付けたいところですが、その作業を動画制作者のみに任せる (あるいは、押し付けてしまう) のは、現実的ではないかもしれません。そんな中、クラウドソーシング (crowdsourcing : 不特定多数の人に仕事をアウトソーシングすること) という形態で、「みんなで力を合わせて」世の中に存在する動画コンテンツにキャプションを付けよう、という動きも出てきています。

Amara プロジェクト

Amara」という非営利プロジェクトがあります (もともと「Universal Subtitles」という名称で数年前から活動しているプロジェクトです)。

Amara プロジェクトの Web サイト
Amara プロジェクトの Web サイト

Amara プロジェクトでは、YouTube や Vimeo などに存在する動画コンテンツに対して、誰もがボランティアで、キャプションを付けることができます。クローズドキャプション形式 (字幕の表示/非表示を切り替えることが可能) なので、あらかじめ様々な言語に翻訳した字幕を用意しておき、その中から視聴者自身の母語による字幕を選択表示させる...といったこともできます。

実際にキャプションが付けられたビデオは、次の画面キャプチャのように見えます (このキャプション付き動画を実際に視聴するには、Amara サイトの「Learn about Universal Subtitles」へアクセスしてください)。再生画面の左下に、言語を選べるプルダウンがあるので (日本語も選択できます)、お好みで切り替えてみてください。

キャプションが付けられた YouTube ビデオの例。左下の言語名 (この例では「Japanese」) を押すと、言語選択のプルダウンが表示され、言語を切り替えることができる。
キャプションが付けられた YouTube ビデオの例

また、動画共有サイト上のビデオだけでなく、次の画面キャプチャのように、ある特定の Web サイト上に存在するオリジナルの HTML5 ビデオ (<video> 要素でマークアップされた動画コンテンツ) に対してもキャプションを付加することが可能です (このキャプション付き動画を実際に視聴するには、Amara サイトの「Tim Berners-Lee on the next Web」へアクセスしてください)。

キャプションが付けられた HTML5 ビデオの例。
キャプションが付けられた HTML5 ビデオの例

なお現状では、キャプションが付けられた動画は PC での視聴に限られるようです。Amara プロジェクトにおける YouTube ビデオの再生 (および埋め込みコードの生成) には Flash による UI が採用されています (iOS はもちろんのこと、Android でも Flash Player の開発が終了しているため、実質的にモバイル機器での再生はできなくなります)。HTML5 ビデオの再生も、モバイル機器では、ブラウザと別の再生専用アプリが起動するので、Amara プロジェクトによって付加されたキャプションが外された形でしか視聴できない仕様になっています。

個人だけでなく企業も利用できる

Amara プロジェクトでは、エンタープライズ (企業) が利用できる仕組みも用意されています。個人ボランティアだけでなく企業の力も借りることで、より強力にキャプション付けを推進することができます。企業にとっては、アクセシビリティに積極的に取り組んでいる姿勢をアピールできますし、有力な企業が参加することで Amara プロジェクトの知名度向上にもつながります (それによって、優れた個人ボランティアをより多く集めることができます)。

Amara プロジェクトを使って、動画コンテンツのキャプション付を行っている企業や団体には、たとえば以下のようなものがあります。

オーストラリアの NPO「Media Access Australia」の2012年8月8日の記事「Netflix to use crowd-sourced captions」によると、Netflix (ネットフリックス : テレビ番組や映画を毎月定額で視聴できる米国のオンラインサービス) でも、Amara プロジェクトによるキャプション付けが始まっているようです。以前、ADA (Americans with Disabilities Act of 1990 : 障害を持つアメリカ人法) に反していると敗訴したのをきっかけに、独自でキャプション付けを始めたそうですが (2011年3月の時点で全コンテンツの30パーセントの網羅率)、Amara プロジェクトによるクラウドソーシングで、より効率的にキャプション付けが進むことが期待されます。

キャプション付けでクラウドソーシングを採ることへの期待

個々の動画コンテンツにキャプションを付けるという作業は、実際問題として、ものすごく手間がかかるものです。そして、誰でもできるというほど簡単なものではなく、適切なキャプション付けをするためには、その動画の内容に精通した人が関わるほうが、よりよい結果になるでしょう。

その意味で、クラウドソーシング (つまり、たくさんの人が、それぞれの得意を持ち寄って、少しずつキャプション付けを進める) という形を採った Amara プロジェクトの着眼点は面白いと思いますし、今後の発展に期待したいと思います。