Lainey Feingold さん特別講演 (A11y Tokyo Meetup)
2025年4月17日に開催された A11y Tokyo Meetup で、Lainey Feingold (レイニー・ファインゴールド) さんによる特別講演「The Digital Accessibility Legal Landscape in U.S.」がありました。
Lainey さんはデジタルアクセシビリティ分野の弁護士の第一人者で、ご自身のウェブサイト「Law Office of Lainey Feingold」 (lflegal.com) でもアクセシビリティと法律に関する情報を精力的に発信されています (私自身、RSS でいつも記事を拝読しています)。ところでこの Lainey さんのウェブサイト、ヘッダーのイメージにイルカがあしらわれているのが目につきます。やり手の弁護士はサメにたとえられるそうですが、Lainey さんの弁護士としてのスタンスは、訴訟で勝ちを得ることよりも、訴訟に至る前に互いに協調して紛争を解決しようというもので (Lainey さんはこれを「structured negotiation」と呼んでいます)、その象徴としてのイルカのようです。
この記事は、Lainey さんの講演に関するノートです。私的な備忘録で、プレゼンテーション内容を網羅したものではないことをおことわりしておきます。
デジタルアクセシビリティに取り組む意義
- デジタルアクセシビリティは「テクノロジーへの障害者インクルージョンの原動力 (engine of disability inclusion in tech)」である。
- テクノロジーへのインクルージョンは、障害者の自立に直結する (プライバシーやセキュリティの平等な享受という観点で)。
- デジタルアクセシビリティに取り組むことは、障害者の自立に向けての扉を開け放つ行為である。("You are a door opener")
- デジタルアクセシビリティは「あらゆる情報への架け橋 (a bridge to everything)」である。
- デジタルアクセシビリティに取り組むことは、障害者が自ら情報に辿り着くことを可能にする橋を架ける行為である。("You are a bridge builder")
- デジタルアクセシビリティは公民権 / 人権 (civil / human right) である。
- デジタルアクセシビリティに取り組むことは、公民権 (ひいては人権) の強化に寄与する行為である。("You are a civil right enforcer")
米国におけるデジタルアクセシビリティ関連の法規制をめぐる動き
- 連邦レベルの (合衆国全体に適用される) 法の枠組み
- ADA (Americans with Disabilities Act : 障害のあるアメリカ人法)
- リハビリテーション法 504条、508条
- CVAA (21st Century Communications and Video Accessibility Act : 21世紀の通信と映像のアクセシビリティ法) + FCC (Federal Communications Commission : 連邦通信委員会) の規則
- ACAA (Air Carrier Access Act : 航空アクセス法)
- ACA (Affordable Care Act : 医療保険制度改革法 / 通称「オバマケア」) 1557条
- など
- 連邦政府による法律の運用の変化 (民主党政権から共和党政権に代わったことによる)
- 例) 司法省 (DOJ : Department of Justice) による ADA 関連ガイダンス文書の撤回
- 共和党政権による DEIA (Diversity, Equity, Inclusion and Accessibility) への攻撃
- DEIA 関連の事務所の閉鎖、連邦政府による DEIA 活動への資金提供の停止、など。
- ただし、その後揺り戻しもあり、一部のアクセシビリティ関連業務は遂行可能に。
- その一方で、人権弁護士による異議申立訴訟 (勝訴するケースあり) という動きも。
- "They can take away the regulations, but they can't take away the laws" (政権は規制を取り下げることはできても、法律をなくすことはできない。)
- 州の独自規制
- 障害者差別の禁止、州の資金で調達するものに対するアクセシビリティ要件、など。
- 大統領令や連邦政府機関の措置の影響を受けない分野もある。
- グローバルな法規制
- 欧州の EAA (European Accessibility Act) やインドの RPwD (Rights of Persons with Disabilities Act) など。
- 米国企業が展開するビジネスによっては上記のような国外法の影響を受けるケースも。当然、これらの国外法は米国政府による影響 (介入) を受けない。
総じて言うと、連邦政府による反 DEIA の介入はあるものの、州やグローバルの規制など連邦政府の影響が及ばない領域があったり、また連邦政府の動きに対抗するする力学も芽生えていることなどを引き合いに、あきらめないことの重要性を Lainey さんは訴えていました。講演の中で「Don't obey in advance.」という言葉を引いていたのが特に印象的です。これは歴史学者ティモシー・スナイダー (Timothy Snyder) 氏の著書『On Tyranny』からの引用で、「権威主義的な圧力に対して、抗う前に屈服するな」というメッセージです。ちなみに同書の日本語訳『暴政:20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』では、「忖度による服従はするな」と訳されています。
法的リスクを回避するには
- 法的なリスク軽減のために企業ができること
- アクセシビリティポリシーのページを設ける。
- 利用者向けの適切な連絡先情報を明記し、すべての問い合わせに返信する。
- 利用者の要望に応えてアクセシビリティを改善する。
- 「シフトレフト (Shift Left)」を採用し、設計の上流工程からアクセシビリティを組み込む。
- アクセシビリティ改善のロードマップを策定し、実行する。
- 欠陥品 (アクセシビリティオーバーレイ) を買わない。
- アクセシビリティに関するトレーニングを組織内で奨励する。
- アクセシビリティに取り組む文化を醸成する。
- もしも訴状が届いてしまったら
- 組織に対する「目覚ましの合図 (wakeup call)」ととらえて、オープンな姿勢で、真摯に改善に取り組む。
- アクセシビリティにより多くのリソースをそそぐ。安易な解決 (アクセシビリティオーバーレイ) に飛びつかない。
Lainey さんは講演の中で、訴訟を回避して協調的に紛争を解決する「構造的な」交渉手法 (structured negotiation) についても言及されていました (参考 : Structured Negotiation 2nd Edition – Law Office of Lainey Feingold)。スポーツ、金融、医療など様々な分野で成功例があるそうです。
希望を胸に前進する
Lainey さんは講演の冒頭、(特に米国内における) アクセシビリティ関係者のムードとして、 恐怖、不安、苦痛、苛立ち、希望の欠如、無力感 ... があるとした一方で、アクセシビリティコミュニティがもたらす希望も確かにある ("Our biggest source of hope is our community")、と述べられていました。
そして次の言葉を講演の結びとされていたのが印象的でした。
Being in accessibility can be soul-crushing.
It's positive things and success stories of our work that keep us going.(アクセシビリティに取り組んでいると心が折れそうになることもあるかもしれない。
それでも、ポジティブなことや成功体験を重ねることによって、私達は前進し続けることができる。)Lucy Greco, Web accessibility evangelist
質疑応答
今回の講演では、事前に参加者からの質問を受け付けていただき、プレゼンテーションの後に Lainey さんにお答えをいただくという機会がありました。
私からもいくつか質問をさせていだだきましたが、特に下記の質問に対して ;
法律で要求されていると、組織は「法律で求められているから、やっているだけだ」と考えるようになり、アクセシビリティをチェックリスト作業にしてしまうことがあります。
このような傾向は、アメリカや欧州でも見られますか?
法や人権の観点から、この傾向を改めるアドバイスは?
Lainey さんからは「残念ながらそういうマインドは多くの企業側にあるのは事実。安易な解決 (アクセシビリティオーバーレイなど) に飛びつかないこと。」ということと、「人権の観点では、障害当事者をインクルードすることがやはり重要である。」というアドバイスをいただけたのが有益でした。
講演に先立って
今回の講演に先立ち、Lainey さんと個人的にお話をさせていただく機会に恵まれました (たまたま会場入りするタイミングでご一緒できました)。興味深い話を色々できたのですが、そのときの話題をいくつか、共有します。
- 米国ではウェブアクセシビリティ関連の訴訟が多く、ある意味、日本から見ると先進的な印象を受けることについて。
- 実際、年間で4,000件を超える訴訟が起きているが、残念ながらその多くは、shark (サメ) な弁護士による金儲け目的である、というのが実情。
- Lainey さん自身は、dolphin (イルカ) であることを旨としていて、訴訟に依らない、structured negotiation による解決を大事にしている。
- Lainey さんのおすすめの映画その1 : 「CRIP CAMP: A DISABILITY REVOLUTION」
- 公式サイト
- Netflix で見ることができるとのこと。
- YouTube の Netflix チャンネルでも全編が見られる : CRIP CAMP: A DISABILITY REVOLUTION | Full Feature | Netflix
- ちなみに「crip」という英単語は、もともと障害者を揶揄する差別的なスラングだったが、転じて現在では、障害者自身が自らのアイデンティティを示す言葉になっているとのこと。
- 「誰のためのアクセシビリティ?」の著者の田中みゆきさんの記事にも、映画「CRIP CAMP」の紹介、ならびに「crip」という語についての詳しい解説がある (参考 : ニューヨークの芸術における障害とアクセシビリティの現在:キュレーターズノート|美術館・アート情報 artscape)。
- Lainey さんのおすすめの映画その2 : 「Change, Not Charity: The Americans with Disabilities Act」
- 公式サイト
- 米国 PBS (公共放送サービス) によるドキュメンタリー
- YouTube でトレーラーが見られる。
- PBS のサイトで Chapter 1 が見られる。
- タイトルには、平等とアクセシビリティを求める運動は「慈善活動 (チャリティ) ではなく社会変革」というメッセージが込められている。
以上です。今回、Lainey さんの講演を直に聴けるという貴重な機会を作ってくださった A11y Tokyo Meetup 事務局の皆さん、またプライベートなご旅行であるにもかかわらず日本のアクセシビリティコミュニティのためにお時間を割いてくださった Lainey さんに、心から感謝です。