英語圏のウェブアクセシビリティ コミュニティで語られる「インクルーシブデザイン (inclusive design)」について

最近、英語圏のウェブアクセシビリティ コミュニティで「インクルーシブデザイン (inclusive design)」という言葉がよく使われているように思います。「インクルーシブデザイン」自体は新しい概念ではなく、特別なコンテキストを抱えた人々 (障害者や高齢者など) をユーザー中心設計 (UCD) の上流工程から巻き込んで「ユニバーサルな」プロダクトやサービスを作り上げてゆくというデザイン手法です。ウェブサイトの設計/開発で言うと2014年に出版された「A Web for Everyone: Designing Accessible User Experiences」(Sarah Horton, Whitney Quesenbery) がまさにこの「インクルーシブデザイン」を解説していると言えます (障害者のペルソナを立て、そのペルソナのゴール達成をサポートするようにデザインするというものです)。

A Web for Everyone: Designing Accessible User Experiences

(WCAG 2.0 だけでなく) さらに踏み込んでアクセシビリティを捉える

ところが、最近のウェブアクセシビリティ コミュニティでよく言われている「inclusive design」は、UCD の上流工程 (ユーザーを理解しコンテキストを明確化する、ユーザー要求を明確化する) についての言及がなく、どちらかというと下流工程 (デザインとして具現化する) にフォーカスが当たっていて、つまり、狭い意味でのアクセシビリティ (WCAG の達成基準を満たす) だけでなく、ユーザビリティにも優れた、障害者や高齢者を含むあらゆるユーザーの UX に寄与するウェブデザインをしよう、というニュアンスなのかな、という印象を受けます。たとえば Heydon Pickering 氏による著書「Inclusive Design Patterns - Coding Accessibility Into Web Design」などを見ても、そのように感じます。

Inclusive Design Patterns - Coding Accessibility Into Web Design

ガイドライン (WCAG) を満たして満足することに留まらず、さらに踏み込んでアクセシビリティというものを捉えよう、という問題提起は心底同感するところです。その概念を「インクルーシブデザイン」と表現するのは微妙な感じがしますが、この問題提起を共通認識として浸透させるには何らかの、多くの人を惹きつける用語が必要ということなのでしょう。

個人的には、ISO 9241-20 (アクセシビリティの定義) と ISO 9241-11 (ユーザビリティの定義) を併せ読むことで、ウェブアクセシビリティを「ユーザーが障害者や高齢者であっても、あるいは他の条件 (異なる端末や通信環境を使っていたり、いろいろな利用状況下にあったり、など) があったとしても、個々のユーザーのゴール達成が妨げられないこと。」と捉えているので、敢えてここで「インクルーシブデザイン」という言葉を持ち出さなくても...という気がしないではありません。

インクルーシブデザインの原則 (The Paciello Group)

そんな中、2017年6月の「Inclusive Design 24」というオンラインイベント (ウェビナー) で The Paciello Group (以下 TPG) より「Inclusive Design Principle」というプレゼンテーションがありました。その後、公式サイト (inclusivedesignprinciples.org) も立ち上がっています。

Inclusive Design Principle 公式サイト
Inclusive Design Principle 公式サイト

この「インクルーシブデザインの原則」作成の貢献者は「Henny Swan, Ian Pouncey, Heydon Pickering, Léonie Watson in association with The Paciello Group」となっていますが、このうち Henny Swan 氏と Ian Pouncey 氏は TPG の中で UX デザインのリードとして活躍されている、という点が興味深いです。

7つの原則から構成されていますが、いずれも上述の「ガイドライン (WCAG) を満たして満足することに留まらず、さらに踏み込んでアクセシビリティというものを捉えよう」をより具体的な言葉で落とし込んだものとして、参考になります。以下、簡単にご紹介します。

Provide comparable experience (すべての人に同等の体験を提供しよう)

Ensure your interface provides a comparable experience for all so people can accomplish tasks in a way that suits their needs without undermining the quality of the content. (あなたの作ったインターフェースがすべての人に同等の体験を提供できるようにし、人々がそれぞれのニーズに合った手段を用いても、コンテンツ品質が損われることなくタスクを達成できるようにしましょう。)

Consider situation (状況を考慮しよう)

People use your interface in different situations. Make sure your interface delivers a valuable experience to people regardless of their circumstances. (人々は様々な状況であなたの作ったユーザーインターフェースを使います。状況に関係なく、あなたの作ったユーザーインターフェースが人々に貴重な体験を提供できるようにしましょう。)

Be consistent (一貫性を保とう)

Use familiar conventions and apply them consistently. (人々が使い慣れた慣習を用いて、それを一貫してユーザーインターフェースに適用しましょう。)

Give control (ユーザーにコントロールさせよう)

Ensure people are in control. People should be able to access and interact with content in their preferred way. (人々が自らコントロールできるようにしましょう。人々はそれぞれ好みの方法によって、コンテンツにアクセスしインタラクションすることができるべきです。)

Offer choice (選択肢を提供しよう)

Consider providing different ways for people to complete tasks, especially those that are complex or non standard. (特に複雑なまたは標準的でないタスクについて、人々がそれらのタスクを完遂できるように、様々な手段を提供することを検討しましょう。)

Prioritize content (コンテンツの優先度を付けよう)

Help users focus on core tasks, features, and information by prioritising them within the content and layout. (ユーザーが主要なタスク、機能、情報に集中できるように、それらをコンテンツやレイアウト内で優先度付けしましょう。)

Add value (価値を加えよう)

Consider the value of features and how they improve the experience for different users. (機能の持つ価値や、その機能によって様々なユーザーの体験をどう向上させることができるかを考えましょう。)


アクセシビリティを、ユーザビリティ向上の文脈で常に考えている自分にとっては、ウェブアクセシビリティのコミュニティで影響力のある人たちがこのような捉えかたをしつつある傾向というのは、とても心強いです。「インクルーシブデザイン」という言葉の是非はさておき、こうした考えかたがウェブアクセシビリティ改善の現場において当たり前になってゆけばいいな、と思います。