インクルーシブデザイン - 社会の課題を解決する参加型デザイン

インクルーシブデザイン - 社会の課題を解決する参加型デザイン」を読みました。(2014年発行の書籍なので、遅まきながら、ではありますが...)

インクルーシブデザイン - 社会の課題を解決する参加型デザイン

ここ数年、ウェブアクセシビリティのコミュニティで「インクルーシブデザイン (inclusive design)」という言葉がよく使われるようになっていますが、その言葉には、狭い意味でのアクセシビリティ (WCAG の達成基準を満たす) だけでなく、ユーザビリティにも優れた、障害者や高齢者を含むあらゆるユーザーの UX に寄与するウェブデザインをしようというニュアンスが込められているように思います。しかし「インクルーシブデザイン」という概念自体はそれ以前から存在しており、もともとは、より UCD (ユーザー中心設計) / HCD (人間中心設計) / Design Thinking (デザイン思考) に近い考えかたです。

インクルーシブデザインとは、特定のユーザーをリードユーザーとして製品開発プロセスの全体に巻き込むことで、まずは個別のニーズへの徹底した注目から、他の多くのユーザーを巻き込めるようなマルチプルシナリオへと展開する手順で、普遍的な価値を製品やシステムに与えるデザイン手法である。ニーズは予めユーザーが明確に持っていると考えるよりはむしろ、デザインプロセスにおいて言語化、あるいは描画やモノとしての試作など多様な段階を経て徐々に具体化される。(P.61)

以下、本書を読んで得た学びや感じたことのメモです。

「インクルーシブデザイン」と「ユニバーサルデザイン」

「インクルーシブデザイン」と似た概念に「ユニバーサルデザイン」がありますが、両者の違いは以下のように捉えることができます。(P.46)

インクルーシブデザインの「4つのアプローチ」

インクルーシブデザインを特徴づけるアプローチとして、以下の4つがあります。(P.47)
実際にプロセスを進める中で、様々な壁に当たることが想定されますが、その際に立ち返る考えかたの拠り所として、参照できるかと思います。

ユーザーと共にデザインする
リードユーザーとの co-design を通じて、新たな「気づき」を得る。
多様なユーザーと共に
「障害」や「高齢」といった言葉で感じるステレオタイプに流されず、様々なリードユーザーが実際に直面する現実や想いに触れる。
ブルースカイで発想する
ダブルダイヤモンドの発散と収束のサイクルにおいて、まずは青天井で発散させてよい。
クイック&ダーティでつくりながら考える
手早くアイデアをスケッチ / プロトタイピングして、建設的に試行錯誤を重ねる。

技術者やデザイナーに求められる姿勢

本書では、デザインプロセスを進める中で、リードユーザーを迎え入れる側 (技術者やデザイナー) が常に意識しておきたい姿勢についても、随所で触れられています。私が特に心を惹かれたのは、以下の3つです。

デザインプロセスに招き入れたリードユーザーとの関係を、<助ける人 - 助けられる人> という一方的な支援関係のままにしてしまうと、技術者やデザイナーの先入観を超えるようなデザインの革新は生まれない。それは、「○○さんのために」という助ける人という姿勢から入ってしまうと、自らの専門性や経験から得たフレーム、先入観を払拭できないからである。(P.75)

技術者やデザイナーの持つ専門知識や経験が本当に生きる場面、それは気づきを具体的な価値へと変換する瞬間においてである。「何をつくるべきか」を、気づきよりも以前に技術者やデザイナーが先走って決定してしまうことを丁寧に避けることが重要であ (る。) (P.76)

デザインを高齢者や障がいのあるユーザーに近づけるのではなく、高齢者や障がいのあるユーザーから誰にでも開かれたデザインにを発想することが鍵となる。多様性と共生 "へ" のデザインではなく、多様性と共生 " から" のデザイン、言わば「逆ベクトルのデザイン」だ。(P.117)


本書は、インクルーシブデザインがもともと意味するところについて、その背景や実践例も含めて俯瞰することができる、読みやすい入門書です。従来の商品 (サービス) 企画やマーケティングから排除されがちなユーザー (障害者や高齢者など) をリードユーザーとしてデザインプロセスに巻き込むことを主眼としていますが、個人的には、UCD 全般にも応用できる基本姿勢を説く本として読めるかな、という印象を持ちました。

余談ですが、(ユニバーサルデザインが米国発祥なのに対し) インクルーシブデザインは英国の Royal College of Art (RCA) が発祥なのだそうです。そういえば、ウェブアクセシビリティの絡みで振り返ってみると、「インクルーシブデザインの原則」をまとめた Henny Swan、Ian Pouncey、Heydon Pickering (†)、Léonie Watson は皆イギリス人ですし、この原則を ポスター (PDF) にして社内のカルチャー醸成を図った Barclays もイギリスの金融機関です。マイクロソフト のような例もあり一概には言えないかもしれませんが、「inclusive design」という熟語は英国のほうが通りがよいのかな、などと思ったりもしました。

† Heydon Pickering は「Inclusive Design Patterns - Coding Accessibility Into Web Design」(日本語版 : インクルーシブHTML+CSS & JavaScript 多様なユーザーニーズに応えるフロントエンドデザインパターン) の著者でもあり、「Inclusive Components」というサイトも運営しています。