WCAG 3.0 (W3C Working Draft 2023年7月24日版)
W3C にて策定作業が進んでいる WCAG 3.0 (W3C Accessibility Guidelines) の Working Draft が、2023年7月24日付で更新されました。先のドラフトが2021年12月7日付なので、1年7か月ぶりの更新になります。
前回ご紹介した2021年12月7日版から大きく構成などが変わっており、WCAG 3.0 はまだまだ探索的な段階であると言えます。ですのでこの記事では、以前のドラフトからの差分を追うことはせずに、今回のドラフトをもとに改めて WCAG 3.0 の大まかなアウトラインを捉え直すことを主眼に、まとめてみたいと思います。
WCAG 3.0 の位置づけ
WCAG 3.0 の正式名称は、従来の「Web Content Accessibility Guidelines」に代わり、「W3C Accessibility Guidelines」になります。これはつまり、適用対象がウェブコンテンツだけに限らないことを示しています。たとえば :
- ウェブコンテンツのみならず、ユーザーエージェントに対するガイドライン (UAAG) やオーサリングツールに対するガイドライン (ATAG) の内容も (すべてではないにせよ) 包含される。(参考 : C.1 Relationship to other W3C guidelines)
- デジタルプロダクト全般 (ウェブだけでなく、EPUB、PDF、各種アプリケーション、モバイルアプリ、その他の新技術、を含む) をアクセシブルにすることが目標となる。 (参考 : C.2 Goals and requirements)
なお、WCAG 3.0 は WCAG 2.x の後継 (successor) という位置づけではありますが、即、WCAG 2.x を廃止するものではありません。(参考 : 1.1 About WCAG 3)
WCAG 3.0 の新しい Guidelines 案
従来の WCAG 2.x が Principles (原則)、Guidelines (ガイドライン)、Success Criteria (達成基準) という3段構成になっているのに対し、WCAG 3.0 は Guidelines と Outcomes という2段構成になります。
WCAG 3.0 の Guidelines は、WCAG 2.x のそれよりも粒度が細かくなる見込みです。また Outcomes は、WCAG 2.x の Success Criteria (達成基準) に代わる位置付けになります。
WCAG 3.0 の先のドラフトでは、下記の6つの Guidelines 案が例示的に掲げられ、それぞれに対する Outcomes も記述されていましたが ;
- Text alternative (テキストによる代替)
- Clear words (明快な言葉)
- Captions (キャプション)
- Structured content (構造化されたコンテンツ)
- Visual contrast of text (テキストの視覚的なコントラスト)
- Error Prevention (誤りの防止)
今回のドラフトではこれらがいったんリセットされ、より網羅性のある形で、23の Guidelines 案が列挙されています。(参考 : 2. Guidelines)
ちなみに、WCAG 2.1 および 2.2 では、Guidelines の数は13です。- Aid navigation (利用者支援のナビゲーション)
- Audio and video alternatives (音声および映像の代替コンテンツ)
- Clear language (明快な言語)
- Clear purpose (コントロールの明快な目的)
- Color and contrast (色およびコントラスト)
- Consistent design (一貫性のあるデザイン)
- Content order (コンテンツの順序)
- Control and focus appearance (コントロールおよびフォーカスの外観)
- Control semantics (コントロールのセマンティクス)
- Error notification (誤りの通知)
- Error prevention (誤りの防止)
- Flexible views (フレキシブルな画面表示)
- Harm from motion (動きによる危害)
- Keyboard support (キーボードのサポート)
- Mobile and pointer support (モバイルおよびポインタのサポート)
- Non-visual alternatives (非テキストの代替コンテンツ)
- Prevent harm (危害の防止)
- Process cognitive load (プロセスにおける認知負荷の軽減)
- Provide help (ヘルプの提供)
- Structured content (構造化されたコンテンツ)
- Text appearance and semantics (テキストの外観およびセマンティクス)
- Timing and interruptions (タイミングおよび割り込み)
- User control (利用者による制御)
ただし上記 Guidelines 案はいずれも「placeholder (仮置き)」というステータスです。また以前のドラフトで見られた、各 Guideline に紐づく Outcomes も消された状態になっています。今後、Guidelines および Outcomes が慎重に吟味され、少しずつ練り上げられてゆくものと思われます。
WCAG 3.0 の構造
ここで改めて、WCAG 3.0 の構造を押さえておきたいと思います。基本構成としては上述のように、Guidelines と Outcomes という2段構成になります。また今回のドラフトでは、(Outcomes を補完する位置づけで?) 新しく Assertions という概念が導入されています。(参考 : WCAG 3 Introduction - WAI)
- Guidelines
- アクセシビリティの問題を解決するための基本的な指針。
- WCAG 2.x の Guidelines よりも粒度が細かい。
- 技術的な詳細に踏み込まない立場の人たち (組織のマネージャー、ポリシー立案者、アクセシビリティ初学者) にも理解できるよう、平易な言葉 (plain language) で記述された指針が提供される。
- 各 Guideline に紐づく形で、具体的な Outcomes が用意される。
- Guidelines を解説する関連文書として、How-To ドキュメントがある。
- Outcomes
- WCAG 2.x の Success Criteria (達成基準) に代わる、検証可能なステートメント。
- 検証対象のコンテンツなどが、Guidelines で特定された利用者のニーズを満たしているかどうかを、テスト担当者によって確実に判断できるようにするための記述。
- 各 Outcome には、1つ以上の Method(s) が紐付けられる (Methods は関連文書として用意される)。
- Assertions
- 検証対象のプロダクトに対して、ユーザビリティテスト、支援技術を用いたウォークスルーテスト、plain language のレビュー、といった手続きによる検証が適切に実施されたことを示す、組織による公式なステートメント。
また、WCAG 3 Introduction - WAI によると、以下が supporting material (補助的な資料) とされています。
- Methods
- Outcomes を達成するための技術的な方法やテスト方法についてまとめた関連文書。
- WCAG 2.x における「達成方法集 (Techniques for WCAG 2.x)」のようなもの。
- How-To
- Guidelines をより詳しく解説するドキュメント。
- WCAG 2.x における「解説書 (Understanding WCAG 2.x)」のようなもの。
- Functional categories / Functional needs
- 障害などのカテゴリーとして Functional categories が定義され、そのカテゴリーごとに想定される特定のギャップやミスマッチとして Functional needs が定義される。
- Guidelines はこの Functional needs に対応する形で作られる。
WCAG 3.0 の適合の考えかた
WCAG 3.0 では、新しい適合モデル (conformance model) が検討されています。WCAG 2.x と比べ、組織にとってより柔軟な試験運用が可能で、また利用者のユーザー体験 (UX) の促進が重視されているように見えます。
Outcomes と Assertions
WCAG 3.0 では、アクセシビリティ評価のアプローチとして、以下の2つを重要視しています。(参考 : 3.2 Approaches to conformance)
- Outcomes (参考 : 3.3 Outcomes and methods)
- Outcomes および Methods に基づいたテスト。従来の WCAG 2.x の達成基準のテストに近い。以下の2種類がある。
- 定量化可能なテスト (Quantifiable tests) : 画像に代替テキストがあるか、色のコントラスト比は十分か、など。
- 定性テスト (Qualitative tests) : 画像の代替テキストやアクセシブルな名前 (accessible name) の内容が適切かどうか、など。
- Outcomes および Methods に基づいたテスト。従来の WCAG 2.x の達成基準のテストに近い。以下の2種類がある。
- Assertions (参考 : 3.4 Assertions and procedures)
- 上述の Outcomes および Methods によるテストでは不可能な、手続き (procedures) に基づいた評価。
- Assertions の利用が認められた Guidelines / Outcomes において、ユーザビリティテスト、支援技術を用いたウォークスルーテスト、plain language のレビュー、といった手続きによる検証が適切に実施されたことを宣言することで成立する。
なお、WCAG 3.0 の以前のドラフトでは Atomic test および Holistic test という用語が見られたのですが、今回のドラフトでは消えています。Atomic test が Outcomes のテストに、Holistic test が Assertions の評価に、それぞれ差し替わったのかもしれません。
テストを適用するスコープ
WCAG 3.0 では、Outcomes のテストを適用するスコープとして、以下を挙げています。(参考 : 3.3.2.2 Test scopes)
- Items (各種 UI コンポーネント、ラベル、エラーメッセージ、アイコン、など)
- Views (ウェブページ、アプリ画面、モーダルウィンドウなどのレイヤー、など)
- User processes (利用者による一連のインタラクションのプロセス)
- Aggregate (上記の組み合わせ)
従来の WCAG 2.x では、実質的に Items や Views が検証対象ですが、WCAG 3.0 では明確に User processes も対象に加えられています。User processes は (Outcomes および Methods によるテストというよりは) Assertions によって評価されるもの、のような気がしないでもありませんが、3.3.2 Testing outcomes というセクションの中に記載されているので、Outcomes または Methods の中で、利用者のプロセスをある程度検証できるテスト設計がなされるのかもしれません。
適合レベル
WCAG 3.0 では、従来の WCAG 2.x における A、AA、AA という適合レベルに代わって、Bronze、Silver、Gold という適合レベルが検討されています。(参考 : 3.5 Conformance levels)
- Bronze
- WCAG 3.0 に適合するための最低限のレベル。適用対象となるプロダクトが、Functional needs の公平性を高めるのに十分な Outcomes および Assertions を満たす必要がある。
- WCAG 3.0 の以前のドラフトでは、Atomic test のみで Bronze レベルに達することができるとされていたが、今回のドラフトでは Outcomes のテストに加えて、Assertions の評価も Bronze レベルの要件になっている。
- Silver
- 組織が、Bronze レベルを満たすことにとどまらない、さらなるアクセシビリティ向上ができると認められたレベル (?)。
- Gold
- Silver レベルに適合した組織が、模範的、最先端のロールモデルとして突出していると認められたレベル (?)。
ドラフト原文では、3.5 Conformance levels に各適合レベルの定義が記述されていますが、Silver と Gold については、組織 (organizations) のアクセシビリティに関する習熟度が問われているようにも読み取れます。W3C ではアクセシビリティ習熟度モデルを作ろうとする動きもあり (参考 : W3C Accessibility Maturity Model)、もしかしたらこれと連動した形でレベルが定義されるのかもしれません (?)。
柔軟な試験
WCAG 2.x における達成基準の合否判定 (pass または fail) ベースの試験に比べ、WCAG 3.0 では、より柔軟な試験運用を可能としているように見えます。それに関連すると思われるいくつかのキーワードがあるので、拾ってみたいと思います。
- Issue severity (参考 : 3.6 Issue severity)
- Outcomes のテストの中には、利用者が自らのプロセス (タスク) を完遂できるかという観点で、severity (深刻度) を計るものがある。
- 深刻度がもっとも高い判定は「critical」というフラグが立てられる。
- 深刻度は、Outcomes のスコア付けに影響する可能性がある。あるいは、適合レベルにも影響するかもしれない (“Bronze” could be an absence of any critical or high issues; “Silver” could be an absence of any critical, high, or medium issues. のような感じで)。
- Adjectival ratings (参考 : 3.7 Adjectival ratings)
- 従来の達成基準の合否判定 (pass または fail) ではなく、Outcomes の評価を「形容詞」的に評価できる仕組み。
- たとえば、Fail (失敗した)、Progress (合格手前の途上である)、Pass (合格した)、Better (より優れている)、Exceptional (卓越した) のような感じか。
- Percentage (参考 : 3.8 Percentages)
- 試験運用における Outcomes のテストと Assertions の評価の比率、あるいは Adjectival ratings による評価結果の割合、を適合レベルに反映させる仕組み。
これらが実際どのように適合判断の過程に落とし込まれるのかは、今回のドラフトを見る限り明確ではありませんが、今後明らかになってゆくと思われます。
以上です。WCAG 3.0 はまだ内容的に煮詰まっていないところが多く、今後もいろいろと変更が加えられてゆくと思います。引き続き、動向をウォッチしつつ、当サイトでも情報をアップデートしてゆきたいと思います。